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藤圭子の霊言感想

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 8月26日(日)22時20分13秒
  >私は藤圭子の飛び降り現場も直に知っているが

ユッコのことを思い出して投稿を始めたのが2016/5。藤圭子については2回触れた。

2013/8/22(木)朝。西新宿駅近くの青梅街道に、複数局のテレビ中継車が止まっていた。何かあったのは間違いない。日付は先ほど調べたのだが、驚いた。ユッコの46才の誕生日でもある(生きていれば)。

後でネットで調べたら、藤圭子が飛び降り自殺したとのこと。西新宿の高級マンション。有名人がこんなところに潜んでいたのか、とまず思った。次いで、幸福の科学の教えが頭によぎった。自殺だから、しばらく地上をさまようのだろうな、と。

総裁も直後の法話で藤圭子の死に言及したが、「いちいち関知してられない」旨のそっけない一言で終わり。「教義通り、地上をさまよってますよ」と暗示したようでもあった。私自身、藤圭子には関心がなかったので、まあ妥当な距離感と思えた。

「宇多田ヒカル-世界の歌姫のスピリチュアル・シークレット」を読んだ。これを読んでの感想なら宇多田ヒカルについて書くのが自然だろうが、私はそもそも聴いたことがない(!)ので、書く資格がない。娘と牛丼の松屋に行ったとき、娘がBGMを聞いて「宇多田ヒカルの歌だ」と言ってきたのに、私はさっぱりわからない。

大川咲也加さんが小さい頃から聴いて育ったといい、総裁も「今年の夏の半分は宇多田ヒカルの歌を聴いて過ごした」というぐらいなのに、私はユッコに熱を上げている変わり者。

なので、藤圭子の霊言についてだけ触れ、ユッコに絡めてみたい。

一番驚いたのは、現在は天国にいるらしいこと。総裁に演歌の指導もしたという。地上をさまよった・地獄に墜ちた期間があったとしても、5年足らず。じゃあ、ユッコも成仏したと期待してもいいかな。そう思ったのがこの投稿のきっかけである。

その一番の要因は、娘が大成功したということ。自分が産んだ・育てた人が大成功すると、その育てた人にも功徳が来る・霊格が上がる法則のためらしい。聖母マリアや佐藤順太、総裁の母も同じだろう。

じゃあ、麻原彰晃の母は逆に霊格が下がるのか。武士の情けでか総裁は言及したことがないが、おそらくそうだろう。「ひどい息子を持った気の毒な人」みたいに捉えるのは間違いなのかもしれない。

藤圭子が成仏できた要因には、藤圭子ファンの思慕の念もあるだろう。

では、ユッコはどうか。後追い自殺を引き起こしたことと、いい歌を残して32年経ってもファンがいるという功罪がある。そのカルマをユッコ自身と母・孝子さんが負うことになるのだろう。母を庇う投稿もしたが、思慮がやや浅かった。

だから、ユッコファンが2人を気の毒に思うのなら、曲を聴いて感謝の念を出すこと。また、ファンの裾野を広げることが大切だろう。それが後追い自殺者の救済にもつながるはずだ。

だけれども、ユッコの死から32年経ち、そういうマイナス要因はだいぶ薄らいだと期待できる。幸福の科学での供養もさせていただいたし。
 

「スチュワーデス物語」感想

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 8月 4日(土)22時19分3秒
編集済
  「スチュワーデス」と聞いて、若い人に意味が通じるのかわからない。知識として、キャビンアテンダントのことを昔はそう言ったぐらいは知っているものなのか。

YouTubeで「スチュワーデス物語」を見た。1983/10-1984/3まで放映されたTBS・大映テレビのドラマ。堀ちえみ主演。

ユッコについてさんざん書いてきたが、堀ちえみに心変わりしたわけではない。当時もファンではなかったし、YouTubeで歌を聴きたいとも思わない。

最終回(第22話)を先に見て感動し、全部通して見たくなった。それを見ての感想である。といっても、ますます感動したのではない。「禁じられたマリコ」に近い。

優柔不断なために延々と苦しみが続く。決断力・判断力があれば一瞬で片づくこと。「禁じられたマリコ」「冬のソナタ」にも共通する。女性にありがちな優柔不断さを描くことで、女性視聴者の共感を狙う。総裁は「冬のソナタ」について、制作・演出者の「悪魔的な賢さ」と評してもいる。

堀ちえみ演じるヒロイン・松本千秋が、「ドジでノロマな亀」であること自体はまあいい。そこを人の何倍もの努力で乗り超えるということで。

問題は、千秋がすぐに落ち込むこと。最近の法話で「傷つきやすいのも罪」とあったが、つくづくそう思う。

その根本原因は、幸不幸の原因が自分の外部にあること。人に意に沿うことをしてもらったら・言われたら幸福。人に意に沿わないことをされたら・言われたら不幸。テストですぐあがってしまって、本来の実力を発揮できないが、すぐにあがるというのも「人からどう見られているか」で幸不幸を測っているから。

そしてすぐに落ち込んで、訓練センターを抜け出したり、「スチュワーデスになるのを諦める」と口走ったり。周囲の励ましも相当無駄にする。

本人は「純粋で傷つきやすい」などと思っていたりするが、実際は「奪う愛」の塊なだけ。これは、総裁もおっしゃったことがある。多くの女性が「わかるわー」と共感することで、高視聴率を叩き出せていたわけだが。もっとも、共感を得られた要因には、「ドジでノロマな亀」が最終的には成功するというシンデレラ・コンプレックスをくすぐったこともあったはず。「いい家柄の優秀なお嬢さんがスイスイと成功する」のでは面白くないだろう。

そういう性格のために、躁と鬱の両極端を揺れ動く。「千秋の心は、南極・北極」という同期生のセリフも出てくる。双極性障害というのは具体的にこういうことを指すのだとよくわかる。そして、第16話では自殺直前のところまでいく。

ユッコの場合は本当に双極性障害かつ自殺に至っているので、上記のことを「フィクションだから」で済ませないほうがいいだろう。

教官とスチュワーデス訓練生の恋愛というのもあり得ない。職務上の恋愛は厳禁。女子校での先生と生徒の恋愛、芸能プロダクション内で恋愛が禁じられているのと同じ。AKB48ではもっと厳しくて、外部の人との恋愛も禁止。これに反して退団させられた人もいた。

もっとも、恋愛を描かなかったらドラマが人気を博すことはなかったろうし、従って、30年以上経ってからYouTubeにアップロードされることも、私がこうしてドラマを通して見ることもなかっただろう。そこは何とも面映ゆい。

でも、恋愛というのは訓練課長のセリフにあったとおり、「ハシカのようなもの」。総裁も「自殺を防止するためには」で、「本当に醒めていたら、恋愛や結婚などできるものではない」と説いている。自殺未遂にまで至っているのだから、この教えは重く受け止めるべきだろう。

だが、イケメン・村沢教官(風間杜夫)の熱血指導で女性たちを率いていくストーリーは、管理職としての学びになる。仕事を描いているからこそ、男から見てもそれなりに面白い。「禁じられたマリコ」が2度と見る気にならないのとは対照的だ。超能力少女の復讐というストーリーだけではなく、ユッコの演技の下手さも大きな理由だが。

やはり、幸福は自分の外部に求めてはいけない。それがよくわかったのも今回の収穫だ。

なお、風間杜夫と堀ちえみが30年ぶりに車に乗って語り合う番組をYouTubeで見た。2013年収録。46才の堀ちえみが出てきたが、その「劣化」ぶりにびっくり。説明なしでその姿だけ見たら、堀ちえみとはわからない。「本当に醒めていたら、恋愛・結婚などできるものではない」と、改めて思った。

こういう反応が当然出てくるはずなので、堀も本音では出演したくなかっただろうが。
 

穴見陽一衆院議員への批判は行き過ぎ

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 6月22日(金)23時37分0秒
  生誕館近くの鴨島で食事をしようとしてジョイフル吉野川店の存在に気づき、創業家かつ元社長の穴見陽一氏に触れた。で、今日(6/22(金))の昼にオフィスでニュースサイトを読んでいたら、「穴見陽一」「ジョイフル」の語が見出しとして出ていたので、おやっと思って読んだ。

事実の要点
 6/15(金)、衆院・厚生労働委員会。受動喫煙対策を盛り込んだ健康増進法改正案を審議中のこと。参考人として日本肺がん患者連絡会の長谷川一男理事長が意見を述べていたが、その長谷川氏に対して穴見議員が「いい加減にしろ!」と2回野次を飛ばしたというもの。参考人への野次は極めて異例。

私は長谷川氏の発言内容をさっと読み流してしまったので、「あちゃー、穴見氏がとんでもないことをやったな。信者仲間だから庇うんじゃなくて、是々非々ですぐに意見を出そう。」と決意した。なお、私は非喫煙者、というより嫌煙者。穴見氏は喫煙者である。

夜に自宅で落ち着いたので、書き始めようと思い、裏取り・事実固めとしてニュース記事を読み直した。で、長谷川氏の発言主旨は、「屋外でも禁煙に」であることに気づいた。私は屋内禁煙の意見に対し、穴見議員が食ってかかった構図で理解していたのだ。

その構図であれば、私は食ってかかった側・穴見議員を断固批判する。

穴見議員もご覧になったであろう「さらば青春、されど青春。」での、主人公・中道の職場の描写。皆が自席で平然とたばこを吸っている。無理矢理誘われた居酒屋でも当然のように吸っている。これは吸わない人には本当に苦痛である。中道もそうだったはず。服も髪も臭くなるし、受動喫煙で健康を害する懸念もある。

そう、あの頃は確かにあんな感じだった。タバコを吸う人がいて当然。煙を撒き散らして当然。分煙の発想など微塵もない。

喫煙と病気の因果関係を否定しようとする喫煙者もいたりして唖然とするが、何十年も喫煙を続けた人の肺がタールなどで真っ黒というのを見たことがある。これでは健康を害して当然ではないか。にも関わらず、そういう点はスルーしてタバコを擁護しようとするのは卑怯としか思えない。

自己責任で肺がんなどになるのはまあいいとしても、他の人にまで不快な臭いや病気を強制しないでほしい。だから、噛みタバコなら文句は言わない。煙を撒き散らさないから、一応自己責任として完結しているので。(医療費の保険治療分は健康な人からの保険料も充当されているので、本当は自己責任で完結していないが)

だが、「屋外でも禁煙に」であれば、話は別である。屋外でなら、煙はすぐに拡散するから、許容範囲だと思っている。タバコの煙が大嫌いなこの私が、である。長谷川氏も言及したとおり、屋外でまで禁煙としたら、喫煙者の吸う場所がなくなってしまう。この発言は行き過ぎだと思う。(吸い殻のポイ捨てとか、マンションでのホタル族の問題などもあるが。上の階のベランダに干してある洗濯物に臭いが付くなど)

長谷川氏は理想論としてタバコを吸う人が全くいなくなる世界を期待したのかもしれないが、現実問題としてそれはあり得ない。ソーブランドで売春が行われていることは公然の秘密だが、じゃあ、ソーブランドをなくせば売春がなくなるという発想に似ている。

性欲は食欲・睡眠欲と並ぶ3大欲。なくなることはない。ソーブランドを法律で禁止してなくしたところで、闇経済が発達するだけのことだ。ないしは、性犯罪が増加するだけのこと。その闇経済においては、目先の利益・快楽が最優先になるはずで、黙認されているからこそしっかり対応している性病予防や避妊など全くおざなりになって、堕胎や出産しての虐待などが蔓延するだろう。禁酒法を制定したら、アル・カポネのようなマフィアが跋扈したのと同じ。

安っぽい正義感は、却って多くの人々を不幸にする。

穴見議員に対して文句を言うのはまだしも、ジョイフルにも文句が来ているという。これは魔女狩りではないか。ジョイフル広報部が言ったとおり、あくまで国会議員としての発言であり、ジョイフル社としての見解ではない。全面禁煙の法律が制定されたならば、ちゃんとそれに従う意向も示している。
 

生誕館へ初参拝(その3)

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 6月17日(日)19時45分6秒
編集済
  受付でチェックインしたら、12:30から七の日参拝の祈りがあると案内されたが、疲れていたので遠慮し、食堂で昼食。

13時から兄の霊言を拝聴。一言で言えば、京大に入って慢心し、転落したということ。6年間の闘病中には悔しさのためか、八つ当たり的な暴言を吐いたりしていたらしいが、霊言では心境がだいぶ浄化されていた。しっかり反省して穏やかに自分の過去を振り返っていた。霊言収録の2012年現在は、地獄ではなく「学生たちがいる」ような天国にいるらしい。この表現からすると、6次元か。

1993年に41才で亡くなったなど、事実関係をしっかり把握できてよかった。

シャワー室ですっきりし、次いで階段を登って生誕館へ。じっくり祈った。初めは私1人だったので、声を出していたが、途中から人が入ってきたので、心の中での祈りに切り替えた。

生誕館の建物を出ると、旧川島町と吉野川が一望できることに気づいた。映画の冒頭を連想させる。映画はもっと山の上から撮影したそうだが。

事務・宿泊棟に戻り、本を読むなりして静かに過ごした。夕食もおいしかった。帰りもバス停まで歩くつもりだったが、車で送ってもらえるということで、お言葉に甘えることにした。

鴨島バス停を21:15に発車。6/8(金)朝6時過ぎに無事帰京。渋谷付近で目が覚めたので、再びユッコゆかりのマンションを意識。

首都高速3号線が都心環状線に合流する谷町ジャンクション(六本木)は、来たときと同じようにそのまま直進して霞が関で降りるのだろうと予想していた。しかし南東へ曲がったので、1985/8/8(木)にユッコが「ザ・ベストテン」生中継でオープンカーに乗って「哀しい予感」を歌った場所を通ることに気づいた。

一ノ橋ジャンクションを東に曲がり、初めてそのゆかりの地へ。といっても、ユッコは浜崎橋ジャンクションから芝公園方面に向かったので、あくまで対抗車線だが。

芝公園出入口で都心環状線を降り、浜松町バスターミナルへ。ほんの一瞬だったが、意外なおまけが付いた。
 

生誕館へ初参拝(その2)

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 6月12日(火)21時24分31秒
編集済
  国道192号線を西に戻る。川島門前支部に到着。2階のセミナー室に参拝し、10分ほど祈った。

次の目的地は、川島特別支部。192号線を更に西へ少し進み、JR徳島線を上から跨ぎ、南西へ分岐する細い道を下る。

グーグルマップをチェックしながら、JR線沿いに辿り着くと、そこが阿波川島駅。川島特別支部はその近くのはずだが、どこなのかわからなかった。ちょうど列車が到着したので、生誕館からの送迎車が駅前に止まっていた。運転手にどこか教えてもらい、無事参拝できた。

次いで生家へ。映画の「中道理髪店」そのまんまの建物。「中川」の表札がかかっていた。総裁が去年、「「救世主がこんな貧しい家で育ったんですか」と言われるのが恥ずかしいから、職員しか立ち入らせないようにしている」旨、おっしゃったことがある。確かに、お世辞にも立派な家とは言えない。今は誰も住んでいないという。

それと、生家は個人情報とも言えて微妙なので、書かないほうがいいのかもしれない。しかし、グーグルマップでは「大川隆法 生誕の地」と出てくる。この記述を見つけたときは、びっくりした。

しかし、阿波川島駅一帯は道が狭く、とても大型バスで乗り付けられるものではない。駅前一帯の住民に立ち退いてもらって、土地を買収して、生誕館を建て、道路も整備する・・・なんてのは、住民の抵抗も大きく現実的ではない。県道43号線沿いの山の中腹に建てたのは、賢明な判断だろう。

駅前から裏道の住宅地の坂道を上り、山の上神社のところで43号線に合流。更に上ると、生誕館が見えてきた。日本中から、やがては世界中から巡礼者を受け入れるのにふさわしい威容である。

敷地に入ってすぐ左手の事務・研修・宿泊棟に着いた。12:25。川島バス停に着いたのが朝8時過ぎなのに、こんな時間になってしまった。
 

生誕館へ初参拝(その1)

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 6月10日(日)20時00分15秒
編集済
  >生誕館に行ったことがないのに、ここまで「聖地」巡りをしているのも我ながら呆れてしまう。

これでずっと罪悪感みたいなものを感じていたし、「されば青春、されど青春。」を見て、やはり1度は巡礼しておくべきという思いが高まっていた。それに、総裁兄についても関心が湧いて「高等遊民への誘惑」を書いたこともあり、兄の霊言を拝聴しておきたかった。

飛行機や新幹線では高いので、バスで調べていたら、京浜急行バスで片道7000円で行けることがわかった。しかも、徳島駅あたりで終着ではなく、川島まで行くという。まさに巡礼のためにあるようなバス。

総裁が若かった頃は四国と本州を行き来するには、船か飛行機を入れる必要があった。だが、1988/4に瀬戸大橋が開通して、鉄道や自動車でも行けるようになった。更に、神戸淡路鳴門自動車道が1998/4に全通したことで、淡路島を経由して車で行けるようになった。これは安く徳島県に行くルートとして、非常に具合がいい。バスが元々安いのに加え、鉄道だと岡山まで行く必要があるし、四国上陸は香川県で、かなり遠回りになるからだ。

浜松町バスターミナルから乗ることにしたが、バスタ新宿を見慣れていたので、老朽化した設備が気になった。しかも狭くてキャパが少ない。増便など無理だろう。道理で1度も来たことがないわけだ。改築・増築も無理だろうから、老朽化でいずれ取り壊しとなって、バスタ新宿あたりに集約されるのではないだろうか。

霞ヶ関から首都高速に入ったので、ユッコゆかりのマンションのそばを通ることを思い出した。去年7月以来。

それと、ユッコのお墓・成満寺近くの東名阪自動車道を通らないだろうかと事前に地図を調べた。東名阪自動車道も確かに名神高速よりは近道なのだが、伊勢湾岸自動車道のほうがもっと近道なのは地図を一目見てわかった。しかも、新東名から直結しているし。残念だった。実際、木曽川・揖斐川の間の湾岸長島パーキングエリアで運転休憩していた。乗客は降りない休憩。カーテンで外は一切見えず、電灯も点けられず暗いままだったが、バスが停止していたので、グーグルマップでチェックしてわかった。

川島バス停は国道192号線沿い。かつ、吉野川土手沿い。地図を見て、阿波川島駅・川島特別支部・生家・生誕館、そして、鴨島の位置関係を把握し、歩いて動き回ることにした。ただし、何キロも歩くことになるので、私の旅程をそのまままねるのはお勧めしない。生誕館にお願いしておけば、ちゃんとバス停まで車で迎えに来てくれる。もっとも、生誕館へは、川島の1つ手前の鴨島のほうが近い。

6/7(木)朝8時過ぎ。定刻から約40分遅れて川島バス停に着いた。単に「川島」と言うと、JR阿波川島駅と誤解されやすいので、「バス停」ときちんと明示したほうがいいだろう。川島こども園という、田舎にしては立派な建物の前。幼稚園兼保育園だという。後で知ったことだが、総裁が通った川島中学校はそのすぐそば。そこにも巡礼したいのなら、ここで降りるのが便利だ。

単に「川島中学校」と書いたが、現在では「吉野川市立川島中学校」と書かないと誤解を招きやすい。徳島県立川島中学校・高校もあるからだ。中高一貫校。1880年に旧制中学として設立され、総裁が学生だった頃には高校しかなかった。2006/4に(新制)中学校が設置された。

しかも、県立川島中学(・高校)は、国道192号線から生誕館へ通じる県道43号線のそばにあって、紛らわしい。「川島中学」という表示を見つけて、「あ、ここが総裁が通われた中学校ですね」などと感動しないようにしたい。

そしてもちろん、総裁の通った中学も、その当時は「川島町立川島中学校」である。2004/10の3町1村合併で、吉野川市立になった。

さて、川島バス停からまずは東の鴨島まで歩く。鴨島は比較的賑わっていて、飲食店が揃っているからだ。当初はジョイフル吉野川店に行くつもりだった。24時間営業だし。でも、バスが遅れたし、川島まで行ってしまったので、8時営業開始のガスト徳島鴨島店にした。こちらのほうが192号線沿いにあって、歩く距離が少なくて済む。ジョイフルは192号線とJR鴨島駅の間にある。しかも現金しか使えないし。

ジョイフルは東京圏では店舗が少なく、1度も利用したことがない。創業家で元社長の穴見陽一氏は信者であることを事実上公開している。なので、応援の意味でも寄ってみたかったが。

自民党の衆院議員を務めていて、現在3期目。幸福実現党でないのが何とも複雑な気分。でも、実現党立党の2009年よりも前に、「政界を目指しているファミレス社長信者」の話を支部で非公開情報として聞いたことがある。その夢を実現したということで、祝福すべきなのだろう。

ちなみに、鴨島にはラ・ムー鴨島店があることにも気づいた。信者なら誰でも知っている信者企業。信者が知っているというだけではなく、「大黒天物産」という社名や「ラ・ムー」「ディオ」(イタリア語で「神」)という店舗名も、信仰告白を意図したもの。映画に協賛したが、その後倒産した企業もある中、本当に心強い。

上では書かなかった川島門前支部が、国道192号線から県道43号線が分岐する交差点の角にあることに気づいて、後で参拝することにした。鴨島バス停(徳島バス鴨島営業所)の前を通り過ぎ、ようやくガスト徳島鴨島店に着いた。モーニングセットを食べて、ゆっくり寛いだ。すかいらーくグループでは無料Wifiが整備されたので、ニュースサイトを読むなどの日課も済ませた。
 

高等遊民への誘惑

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 5月26日(土)23時28分35秒
編集済
  小さい頃、お手伝いをして両親に誉められた。たとえ虐待されながら育った子でも、そんな経験はあるはずだ。自分という存在が肯定されて心地よいし、愛されていることも実感できる。それが心の糧となって成長につながるのは事実である。

ある程度大きくなると、誉められる材料は勉強・学校の成績になる。成績で誉められなくなる子も出てくるが、自分の存在そのものを肯定してくれる親がいる子は幸いである。精神的にすくすくと成長していけるだろう。

一方、いい成績を維持できた場合、これはこれでいろいろと問題が出てくる。親が子の存在そのものではなくて成績を誉めているとか、子が成績のよさに慢心し始めるとか。で、怠けて成績が落ちると親から叱られて。その叱り方が人格否定的なこともよくある。

怠けずに勉強し続けたとしても、誉めてほしくてという場合もかなり多い。先生に誉められる・模試の成績上位者に名を連ねて、周囲に羨望・尊敬の眼差しで見られる。

これが快感になってしまい、努力精進するのは賞賛を受けるためという人生観を形成してしまうと、かなり危険である。その人生観は必ず破綻するからだ。かつ、破綻した際に大きなダメージを伴うからだ。

・破綻パターン1
 成績がよかったということで、難関校に進む。ところが周りも優秀な人ばかりなので、あっという間に凡人か劣等生になってしまう。誉めてもらえなくなる。このギャップに耐えられず、鬱になる。自殺するということもよくある。

・破綻パターン2
 成績優秀でなくなったことは諦めがついたとしても、実社会に出ると、また落とし穴がある。
 学校では実は答えのあることばかりをやっている。しかし、実社会ではどう答えを出せばよいか一定のやり方がない、そもそも答えが存在するのかどうかも定かでない。
 「さらば青春、されど青春。」にも出てきたが、法学の憲法であれば、初めのほうの成立過程などは試験に出ない。試験に出るのはもっと後の判例など。
 というわけで、どこが試験に出るかを押さえて「要領よく」勉強すると、確かに試験ではいい成績が取れる。教科書を最初から丹念に読むなんてのは愚かの極みのようにさえ見える。
 ところが、そういう人は実社会に出るとあまり出世しない。上司に仕える分にはいい部下として活躍することができるが、上に行けば行くほど答えのない世界になっているからだ。
 社長の経営判断などはその最たるもの。何にどれだけ投資するか・具体案は部下に作らせるとしても、そのための部署(経営企画部)に誰を配置するか。など、どれにも絶対的な正解がない。なので、知力を振り絞って人・物・金の最適案を紡ぎ出していかねばならない。これは、最短距離で答えを出すことしかしてこなかった人には難しいことである。

・破綻パターン3
 大学でもいい成績が取れて、学問に溺れる。学者はよく「学者バカ」「専門バカ」と揶揄される。それは必ずしも学者になれなかった人の妬みではない。
 東大では成績のよかった順に学者・官僚・民間企業社員になるが、収入は民間企業>官僚>学者である。それで、「成績はよかったのに、なぜ収入は多くないのか」と悩んでいる人が少なからずいる。
 でも、学者の収入が少ないのは当然といえば当然である。プロ雀士と雀荘経営者のような関係になっているからだ。雀荘経営者がそんなに麻雀がうまくなくとも、プロ雀士をどう使って雀荘を切盛りするかと考えている点で、一枚上手なのである。
 ジョージ・スタインブレナーがホームランを打てず、豪速球も投げられなくても、ヤンキース選手・監督よりお金持ちなのと同じ。
 つまり、専門性を深めすぎると、人に使われる側に回るしかなくなるということだ。

 それどころか、専門性を深めたことで実用性がなくなることをもって得々とする人が少なからずいる。理学が工学を見下す・研究医が開業医を見下すということは昔からある。京大・哲学科も慢心した人をたくさん出している。

誰もが西田幾多郎になれるわけではない。さすがにそれには気づいて民間企業に入ったはいいが、使い物にならず、周囲の評判が悪い。そういう人を身近に知っている。会話していても、すぐにマニアックな話題に入っていくので、仕事の役に立たないのだ。周囲も「これ以上この会話に付き合っても無駄」と考え、会話をそそくさと打ち切ろうとする。

本人はそれがなぜかわからず、もっとマニアックな話を試み、更に周囲が引いていくという悪循環。「シーズではなくニーズ」。これがキーワード。それと、個人としていくら優秀であっても、30代半ば以降は「人を使って成果を挙げる」方向にマインドを切り替える必要あり。これがわからなくて、50才になってもいまだに「俺はできるんですよ」という自己証明の旅を続けている姿は、哀れですらある。

もっと哀れなのが、総裁の兄。勉強は確かに弟よりできたが、学者にはなれず。なのに、民間企業に進んだ弟を見下した言動もあったという。そして何年も高等遊民を続ける。龍輝さんの演技は、そういう高等遊民・プータローの雰囲気を見事に醸し出している。単なる慢心だが、その気持ちが私には手に取るようにわかる。

といっても、私に他心通の能力があるわけではない。私がそんな心でいて高等遊民になりかけたことがあるからだ。で、フリーター・ニート・ホームレスへまっしぐら寸前だった。もっとも、そのときは気づかなかったが、後で振り返って心底ぞっとしたものだ。

民間企業に入ったものの、周囲にはさんざん迷惑をかけた。仕事ができるようになるまで10年以上かかった。それでも真っ当に立ち直れただけ私は恵まれている。

総裁の兄は初期の霊言収録に協力していたが、だんだん登場しなくなり、何年かして亡くなったらしいという噂が流れた。これが昔からいる信者の長年の認識であった。

亡くなった経緯は近年の法話で明かされつつある。映画にも出てくるが、学習塾経営がうまくいかず、その心労で授業中に倒れたのだ。おそらく脳出血。去年3月に亡くなったS氏と同じだろう。

胃潰瘍のみならず、癌も心因性ということは何度か書いたが、脳出血も心因性と考えていいだろう。これまた手に取るようによくわかる。私自身がそれに近い経験を何度かしているので。激しい怒りとか不満で「頭に血が昇る」。その結果、脳の血管が血圧に耐えきれず破裂する。これが基本的メカニズムのはず。寝過ぎとか居眠りでの頭痛とは違う重苦しい痛みの時期が血管破裂前にあるはず。私はこの段階で気づいて、怒りを鎮めたので、大事には至っていない。

これも映画では描かれていないが、総裁の兄はとある邪教(幸福の科学からすれば)に入っていたという。これまた私と同じ。「修行して超能力を得よ」など、慢心をそそるような教義で、その邪教はとある悪魔が指導しているという。ということは、その悪魔も生前は高等遊民的な慢心を起こしていたということだろう。まさに波長同通だ。

本当に危ないところだった。総裁の兄と違って、なぜ私は助けられたのだろう。よくわからないが、助けられたのは事実である。ここにお礼・お詫びの気持ちを記しておきたい:

危ないところを助けていただき、ありがとうございました。
かつ、これまで数々の無礼・不信心、申し訳ありませんでした。
 

5回目の涙

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 5月26日(土)20時54分15秒
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  今日(5/26(土))、また見てきた。5回目。5回も見ることについてはさておき。

名古屋記念館に5/22(火)に初参拝してきた後なので、康豊商事名古屋寮の場面を見て、「ああ、あそこだ」というのがよくわかった。外観・中道が寮母の娘さんと帰ってきた玄関・自室の机・魔と対決した自室のベッド。まさにそのまんま。

CGを使うのは最小限にとどめたということのようだ。井の頭線の旧型車はさすがにCGだろうと思ったら、これも実写。銚子電鉄で「お下がり」として現役稼動中で、そこまでロケに行ったとのこと。

涙した映画・歌というのはこれまでもいくつかある。だが、2回目以降に涙したというのは初めて。ましてや5回とも涙するなんて。

「さすがにもう涙は出ないだろう」と思いつつ見ているのだが、ラストシーンで涙が溢れてくる。我ながら驚いた。

あと何回か見るだろうが、さあどうなるか。

もちろん、ユッコの墓参りもした。8回目。
 

切ない !

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 5月12日(土)23時39分47秒
編集済
  今日公開された映画「さらば青春、されど青春。」。最寄りの映画館で小5の娘と初回の上映を見てきた。子どもにはちょっと難しかったようだ。だが、「君のまなざし」ほど怖いシーンがなかったので、また見たいとのこと。

私はというと、この一言に尽きる。

切ない !

情に薄く( ! )理性と論理の塊のようなこの私が涙してしまった。いや、大人ならほとんどがそうではないか。私の母も似た感想を述べていた。

何が切なかったかというと:
・私ももっと勉強しておけばよかった・・・
・先生にも人間的な悩みがいろいろあったのか。それが具体的に出てきている。明かされたのは初めてと思われる箇所もある。
・都会育ちの「才気煥発な女性」(「太陽の法」旧版)。一方的に8通以上手紙を送られたら、女性はどん引きする。坊さん魂のこの私でもそれぐらいはわかる。娘も同意見。女性信者の皆さんもそのはず。 (笑)
・で、その方が実は聖クララだったとは。
・ファッションセンスほとんどゼロのこの私でも、就職面接にあのスーツはあり得ないとわかる。

そういう人間的な挫折を乗り越えて、超人的な実務能力。20代後半でNY本社の財務戦略にきちんと異議を唱える。「ジャパン・アズ・No.1」が想定されていた時代の商社の社長も嘱望されていて。

なのに、全人類のために「全てを捨て」た。額田が講演会に来ていたというのも切ない。

そして、宗教団体・激誠会は今や世界100ヶ国以上に信者がいるはずである。そういうすごい方を私たちは師として戴いている。改めて深く感じ入った。

ややネタバレだが、個々のエピソードは説法で公開済のものがほとんどなので、お許しを。岡田有希子はストーリーに出てこなかったな。
 

33回忌

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 4月 9日(月)11時25分18秒
編集済
  四谷4丁目交差点・大木戸ビル前の追悼に行ってきた。今回は植込みの近くに立っていられたので、リーダー格の方のお話がはっきり聞き取れた。ユッコファンにとっては重要な内容と思われるので、ここできちんとまとめておくことにする。

1.リーダー格の方のお話概要
 ・早いもので、33回忌となった。
 ・長年、花束を成満寺へ運ぶことをしてきたが、今回をもって私はそのお役を降りる。
 ・大木戸ビル前にこうして集まることについては、近所から苦情も来ている。
 ・4/8の追悼そのものをやめるかどうかは、もちろん私が決めることではない。皆さん自身で考えていただきたい。
 ・少なくとも、花束などを持ってくるのはやめましょう。誰かが片づけなくちゃいけない。
 ・私もすっかりおじさんになってしまった。生きているといろいろ辛いこともある。今日はユッコの命日であると同時に、生きていることの喜びを噛みしめる日でもありましょう。

2.小哲の解釈による補足
 33回忌で弔い上げになったことはリーダー格の方は言及しなかったが、背景にあるのは間違いないだろう。もっとも、成満寺では(親族が参加しない)ファン向けの法要を来年以降も行うと住職がおっしゃったそうだが。
 花束を佐藤家の墓に供養するのは今後もありかもしれない。ただ、それを責任をもってやる人が現れるならともかく、花束やお菓子が大木戸ビル前に放置される状況は避けたいもの。
 近所からの苦情というのも理解できる。去年と同じくらい・約200人が集まったが、警官やサンミュージックの人が複数来ていて、通行人の迷惑にならないよう歩行路確保をしていたし。
 

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