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墓参り10回目(その3)

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 4月10日(水)11時59分51秒
編集済
  11時頃、成満寺に到着。花束を持っていたので、墓地に直行。既に20人ほどが立っていた。相変わらず花がいっぱい。花を供えて、一旦お寺の本堂へ参拝。

墓のところに戻ってきて、墓前で手を合わせた。その後は皆と同じく、ひたすら立って待つ。私がいた場所は、墓正面の1つ後ろ。

ひたすら待って、12:10。とある男性が皆に案内するべく声を上げた。本名とおぼしき名前を名乗ったが、わかる人にはわかる。四谷4丁目で長年実質的リーダーを務めてこられたやまさこさんだ。成満寺に直接来ていたとは。

四谷4丁目のときと同様に、「3分前」・・・と唱えていき、12:15に「黙祷 !」の号令で1分間黙祷。

黙祷終了後、やまさこさんが住職による法要が16時からある旨案内。これで一応終了だ。ざっと見て40人。もちろん、初めての体験だ。今までは1人だけのことが多かったし、誰かと会ったとしても老夫婦の2人が最高人数。

住職による法要は12:15の追悼の直後にあるのだろうと勝手に想像していた。なので、成満寺を14時に出るつもりで帰りの新幹線も手配していた。そう、新幹線。ユッコ墓参りで、10回目にして初めて利用する。

だが、後で知ったことだが、四谷4丁目にも数十人集まったし、花も供えられていた。その花の到着を待つということなのだろう。本当に運搬したのか。誰が運搬したのかは把握できていない。

墓正面の後ろでじっと立っているとき、不平を言う声が聞こえてきた。「こっちが聞くと黙ってしまう。だったら最初から聞くな」。これも後でわかったことだが、日刊ゲンダイDIGITALが成満寺12:15の追悼のことを記事にしている。その記者が紛れ込んで取材していたということだ。立場を明かすと墓地から締め出しを喰らうおそれがあるからか。

記事にはやまさこさんの他に、22才の大学院生・45才の会社社長・ブレーメン大島氏の声が載っている。ブレーメン大島氏は名前だけは聞いたことがある。集まった人数は記事によれば約50人。私の見積もりよりは正確なのだろう。

法要には出られないので、12:30頃、成満寺を出た。てくてく歩いて永和駅へ。13:43発で、14:00に名古屋着。たっぷり歩いて疲れていたし、夜行バスではあまり眠れなかった。それに、名古屋正心館などは全て休館。なので、新幹線ホームでひたすら待つことにした。スマートEXで15:57発ののぞみ30号を予約してあった。EX早得21を使って、「ぷらっとこだま」とほぼ同じ料金。発売開始の3/8(金)10:00に直ちに予約したものだ。富士山が見えるようにとE席にした。実際、席はE席から埋まっていくという。

だが、疲れと寝不足で眠ってしまい、気づいたら新横浜だった。ちょっと残念。でも、1時間半で東京に戻ってこれるなんて本当に夢のよう。ずっとバスやJR鈍行を使ってきた私には。

17:33東京着。冷たい雨が降っていた。シャツと上着しか着ていなかったので、寒かった。
 

墓参り10回目(その2)

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 4月10日(水)06時29分52秒
  佐屋駅を出て、まずは西へ。ファミリーマート佐屋駅西店のゆうちょATMでお布施の現金を用立てるため。サークルK・サンクスのファミマ転換が去年11月末に完了したが、文字通り最後までサークルKだった店舗。12月上旬にファミマとして営業開始。同時にゆうちょATMが設置された。

愛知県・岐阜県のサークルK・サンクスにはゼロバンクATMが設置されていた。ファミマ転換と同時にゆうちょATMになっている。それ以外の県ではバンクタイムATMが設置されていて、1月からゆうちょへの置換えが進んでいる。

イーネットATM設置店舗がどうなるかは発表されていない。やはりゆうちょに置き換えられるだろうと私は予想しているが、発表されるとしても旧サークルK・サンクスのゆうちょ化が完了に近づいてからだろう。

珍しく昼間に佐屋に来たので、佐屋郵便局も開いている。ゆうちょで引き出すならここでもよかったし、更にこの後、セブンイレブン愛西北一色町店の前を通ることもわかっていたので、そこで引き出す手もあった。ただ、セブン銀行口座から引き出すつもりでセブンイレブンに行ったら改装休業中だったことも先日あったので、こうして前もって引き出した。

佐屋郵便局の前を通り、ヨシヅヤ佐屋店を覗く。2017/3以来。事前に調べて花屋がなさそうなことはわかっていたが、実際に確かめたかった。やはりなかった。それとうんちを済ませたかったので。地下鉄も佐屋駅も和式トイレで驚いた。私は紙で拭くのにはもう戻れないので、ここまで我慢していた。

てくてく歩いてピアゴ佐屋店へ。花屋があることはわかっていた。マクドナルドがあることも。まずは、朝食。そう、まだ食べていなかった。なのにやたら歩いていたので、どうしても食べておきたかった。

次いで、花屋へ。同年代の男性先客が2人。アレンジを頼んでいて、やたら待たされた。花コーナーの店員は1人だけなのだ。コンビニなら来店客数を読んで、店員を多く配置したりするものだが。

「ドットーレ山口さんのあの番組、まだやってたの?」「中身が薄くなったよな」「昨日もなんかやったらしい」などと悪口を言っている。何とも面映い。

と待っているうちに、待ち客が私の後に2人並んだ。やはり同年代の男性。普段は花と縁のなさそうな中年男が5人も花屋で行列。滑稽かもしれない。
 

墓参り10回目(その1)

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 4月 9日(火)21時38分22秒
  4/8(月)5:30、金山駅前に到着。曇り。道路が濡れている。夜のうちに雨が降ったらしい。天気予報では昼間は晴れると調べてあったので、傘を使う必要はないと判断した。

原点回帰のつもりでゆかりの地を巡る。件の家・観聴寺・高蔵公園・旗屋小学校。高蔵公園には2016/10と2017/7の2回来ているが、旗屋小学校はそこから南へすぐだった。なので、校舎には見覚えがあった。

ユッコが通ったのは旗屋幼稚園だが、1950年から1998年まで旗屋小学校に併設されていた。現存していない幼稚園なのでネットで調べにくく、他のファンサイトでも記載は少ない。なので、今回が初めてになった。そして、沢上中学校・高蔵小学校を巡った。

次いで、真宗大谷派名古屋別院。そして、てくてく歩いて向陽高校。歩いたものだから、8:15頃で、生徒がたくさん登校してくるのに出くわした。

2年10ヶ月ぶり。生徒は完全に入れ替わったはず。何とも感慨深い。もっとも、市立桜山中学校との間の細い道に面した門は裏門であることに気づいた。生徒は南北の門から登校している。ユッコや益川敏英氏がこの裏門から登下校したとは考えにくい。勘違いして感銘したわけだ。でも、誤りに気づけたことをよしとしたい。

御器所駅まで歩いた。8:30。歩きだけなので、もう3時間も経ってしまった。桜通線で名古屋へ。そして、初めて名鉄線に乗り、佐屋に向かった。空は快晴。線路脇に見える桜がきれいだった。
 

墓参り10回目の前夜

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 4月 9日(火)21時03分31秒
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  4/7(日)19時。ドットーレ山口さんの呼びかけで新宿のカラオケバーに集まった。約30名。ほとんど男だが、女性も数名いた。私が「禁煙なら参加できる」とメールで書いたことを考慮してか、禁煙になっていた。助かった。

本名を明かして実際に会ってと具体的な行動が伴っているので、ドットーレ山口さんもかなり本音で語ってくれた。ネットというのはどんなにもっともらしいことを言っていても本当に信用できる相手かわからないというのが念頭にある。確かにそうだろう。2009/7のご法話「愛を具体化せよ」を思い出した。私は東京国際フォーラム本会場で拝聴している。

皆、自腹で3500円払っている。札幌から来たという人もいた。伊達や酔狂ではできないことだ。皆、本気ということだ。

皆で歌いまくるのかと予想していたが、ユッコファンとして今後どうすべきかの討論が中心になって盛り上がった。この点は宗教に似ている。もちろん、悪い意味ではない。幸福の科学信者の私が悪い意味で使うはずがない。

法談で盛り上がった経験は信者なら必ずあるはず。エル・カンターレ信仰をどう広げていくかと同じで、皆、ユッコが好きなのだ。ユッコという共通の価値観の元で、無我になって熱く語り合う。本当にいいものだ。

そういえば、「アイドル」の本来の意味は「崇拝対象」。宗教に似ているからこそ日本語の「アイドル」の意味が派生したわけである。

22:30頃にお開き。ドットーレ山口さんに挨拶し、バーを出た。丸ノ内線で鍛冶橋駐車場に向かった。

ユッコが1986/4/8(火)早朝にタクシーを降りた近く。そして、これから乗るバスは、バスタ新宿を経由するので、四谷4丁目交差点を通る。そう、2016/6/23(木)に初めて墓参りしたが、そのときと同じルートなのだ。私がファンとして戻ってきたときの原点。座席は乗る直前までわからないのだが、驚いたことに右側かつ窓側かつ1番前だった。これなら大木戸ビルを確実に見届けられる。

4/8(月)0:06頃、四谷4丁目交差点を通過。そっとカーテンを開けて大木戸ビルを見届けた。
 

イマジネーションの欠如による空理空論

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 3月24日(日)20時52分0秒
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  仕事論の法話で、仕事ができない人の特徴としてイマジネーションの欠如があった。具体例として財務省の予算編成を挙げていた。予算を削減するには「一律何%削減」と決めてしまうのが簡単である。

でも、橋の予算を20%削減し、橋を80%作っても無意味である。橋は完成させなければ使い物にならない。なので、かけた80%の費用も丸々無駄になってしまう。

イマジネーションがないと、こういうことを平気でやるようになってしまう。本人は抽象的な思考ができるつもりでいて、実際は空理空論でしかない。

「消費税率を2%上げれば、税収が2%増える」なんてのもそう。買い物の量が同じなら確かにそうだが、実際には買い控えが始まる。これまでも、税率を上げるたびに数年後には税収は減っている。この不都合な真実を、財務省のスポークスマンと化した読売などはまず報道しない。

これに関連して、ずっと気になっている表現がある。電車や車に「はねられた」と「轢かれた」の使い分け。

例えば、映画「君のまなざし」で朝飛は車にどうされたのか?夏希役の手塚理美はメイキングビデオで「轢いた」と表現している。

だが、映像をよくご覧あれ。朝飛ははねられたのであって、轢かれてはいない。「轢かれる」というのはタイヤ・車輪の下に巻き込まれること。電車への飛び込みだとこの二者の違いは歴然としている。轢かれた場合はバラバラ・グチャグチャになって悲惨極まりない。「マグロ」になるのはこちら。一方、はねられた場合はこれほど悲惨ではない。

事故の瞬間を見ていないと実際はどちらだったのかわからないことも多い。で、ニュースなどで「はねられた」「轢かれた」を同じ意味で使っているうちに、皆も混同するようになった。そういうことだろう。
 

隣の青い芝生・医学部

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 3月24日(日)12時08分43秒
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  50才を過ぎ、あと数年で給料が大幅に下がる。私はあまり出世していないが、そのため減額幅も小さい。質素に暮らしてきたので、まあ乗り切れると目処は立っている。

とはいえ、一介のサラリーマンとはこんなものかと嘆きたくもなる。私は大学さえ選り好みしなければ医学部に入ることもできた。なので、医者になっておけばよかったのかと思うこともある。といっても、私立は絶対無理だが。

だが、「一般にはエリートと認識されている医者の苦しみ」の法話。そして、1978年・田宮二郎版「白い巨塔」を久しぶりに見て、いろいろ考えた。その内容を披露したい。

・本当に医者になりたかったのではなく、単に成績がいいからと医学部に入った人の苦しみ
 医学部に入った後に、医者の適性がないことに気づく。まず、入試科目に数学や物理があるが、これは医学で直接には役立たない。医学の専門知識はもちろん重要だが、臨床医(開業医・勤務医)にとってより大事なのは人間学。たくさんの患者と接するのだから。
 単に成績がよかっただけの人には、私のような坊さんタイプ(の魂)もたくさんいる。こういう人が臨床医になると、「かなり悲惨」(法話より)。人体解剖実習でひっくり返る学生もたくさんいるそうだし。
 私は民間企業に進んだが、20代の頃は交渉力・企画力など全くないただのガリ勉タイプ。もちろん、営業力もなし。全く使いものにならず、散々な人事評価だった。

・ついていけずに脱落する学生
 私立の医学部では放校される人が結構いるらしい。そういう嘆きのネット投稿を見たことがある。
 そう、せっかく医学部に入っても、卒業できない人がいる。また、卒業できても医師国家試験の合格率は100%ではない。つまり、医学部を出たのに医者になれない人もいるということ。

・医局での徒弟奉公
 「白い巨塔」では医局の教授は絶対的な権力者。というより、独裁者。それは法話でも述べられているので、そんなに変わってはいないだろう。
 財前教授と患者・佐々木一家や里見医師の間で板挟みになって苦しむ柳原医師。板挟みになって苦しむのは会社の中間管理職にもよくあることだが。
 「貧しい農家の5人兄弟」「文字通りの苦学」「田舎の両親や兄弟は、私が一人前の医者になるのを首を長くして待っている」「下手に成績がよかったために医学部に来てしまった」「どうか私を責めないでください」と里見医師の前で泣き出す姿には、心が痛んだ。

・仁術ではなく算術に走ることも
 総裁が徳島にいた頃、歯医者にかかったが消毒ばかり何ヶ月もやっている。これはさすがにおかしいと思って、隣町の歯医者に行ったら1日で治ってしまったという実話。つまり、田舎で患者が少ないので、わざと治療せずにいたというわけだ。

・医者は必ずしも金持ちではない
 開業医なら大金持ちも結構いる。勤務医はというと、支給金額だけで言えば月100万円ぐらいはもらっているだろうか。この関係は、企業オーナーとサラリーマンと同じ。
 でも、勤務医はサラリーマンと違い、学会参加費用とか高い医学書の費用も自分持ち。もちろん、損金算入できるだろうが、自由に使えるお金は意外に少ない。激務で自由時間がない医者も多い。

 だから、とある支部長から「医者はそんなに割に合わない。金融機関とかのほうがよほどいい」みたいに言われたこともある。

 いや、文字通りの貧乏医者もいるらしい。里見医師は兄弟で医者だが、父親も医者だった。「患者のこととなると、いても立ってもいられなくなる」性分で、採算度外視で治療に奔走した。なので、里見兄弟は小さい頃に学費の支払いにも事欠いたという。

 おい、それは小説での話だろうと思うかもしれない。でも、山崎豊子は緻密な取材の元に書いているので、少なくとも執筆当時にはそんな実態があったはず。

 いや、最近のネット投稿でもそんな文章を見かけた。とにかく患者本位で採算度外視の父。そんな父がいやになり、不良行為に走ったことがある。それがばれて父が聴診器と白衣姿で一緒に謝りに行ってくれた。亡くなったときには遺産など全くなかった。でも、かつて診療してもらった人たちから「あのときはありがとうございました」と現金書留が多数届いたという。

 そして、その人も医者になったという。じーんと心を打たれる文章だった。

私が医学部を視野に入れたのは、単に成績がよかったから。病気で苦しむ人たちを救いたいなんて使命感は微塵もなかった。かつ、典型的な坊さんタイプ。だから、どこかで行き詰まっていたはず。

今世の使命は、総裁の教えにたどり着き、広めるだけではなく、坊さんタイプの魂の傾向性を修正することもあったはず。50才を過ぎてそう痛感する。民間企業という組織の中で揉まれ、総裁の経営論も勉強してそれなりの実務能力・企画・判断・交渉力も開花した。

医者になれなかったが、今のこの道でよかったのかな。そう思う。
 

人の死亡時とブラックホール転落時の類似性

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 3月23日(土)19時41分52秒
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  ブラックホールに落ちたらどうなるかは多くの人が論じている。もっとも、数学に基づいて推測しているだけであり、実際どうなるのかはわからず、いろんな説が錯綜している。まずは、物理学の見解を整理しておきたい。

・ブラックホール無毛定理
 ブラックホールにおいて定義される物理量は、質量・電荷・角運動量のみ。人間なら年齢・国籍・職業・性別など、いろんな特徴で区別できるが、ブラックホールはノッペラボー。上記の3種類の情報しか存在しない。他にも情報が存在するのだが、測定できないというのではない。

・しかし、電荷のあるブラックホールは考えにくい。
 重力は日常生活の感覚では強いと思えるが、自然界の4つの力(強い力・電磁力・弱い力・重力)の中で一番弱い。電磁力と重力の比は、10^40:1。10の40乗も違う。
 だから、電荷があったら、重力で収縮しようにもはるかに強力な電磁力で反発してしまうはず。実際には、中性子になるなどして電荷は消滅すると考えられる。中性子星というのも存在するし。
 ちなみに、飛び降り自殺ができるのも、電磁力が重力より遥かに強いおかげである。アスファルトやコンクリートの原子間の電磁力による結合は、重力で生じた運動エネルギーでは切れない。切れるのだったら、人体はマンガみたいにズブズブ通り抜けていくだろう。

 神様なら物理法則を変えることもできると私は信じるが、1986/4/8(火)12:15だけ物理法則を変えることはしない。そんなことをしたら、害悪のほうが遥かに大きくなるからだろう。

・角運動量のないブラックホールも考えにくい。
 角運動量とは回転のこと。どんな星も必ず回転している。回るということは、この宇宙の本質。量子的な小さい存在も「回って」いる。もっとも、「回っている」という表現は問題含みであり、単に「スピンによる角運動量がある」と書くほうが正確だが。

・よって、シュバルツシルト解に基づくブラックホールは存在しない。
 アインシュタイン方程式の初の厳密解であり、科学史的には有名だし、単純な構造なので、一般向け説明によく出てくる。ブラックホールが回転していない前提。特異点は中心の1点。

・実際に存在するブラックホールを表すのは、回転を考慮したカー解。
 特異「点」はリング状に存在。だから、「特異線」というべきか。

・ブラックホールに落ちたら、強い潮汐力でスパゲティのように引き伸ばされ、素粒子レベルでバラバラにされるという説明が長らくなされてきた。しかし、これは実は小規模なブラックホールに当てはまる話。銀河系の中心にあるとされるような超巨大ブラックホールでは、特異「線」の近くでも潮汐力は弱いままで、バラバラにはならないらしい。特異線をうまく回避できれば取りあえずは生存できそう。
 映画「インターステラー」で、ブラックホールに落ちた人が描写されている。落ちた人は即死ではなかった。一応、肉体を持って生存していた。ただ、優秀な物理学者である娘に時空を超えてメッセージを伝えることができた。なので、霊的な存在とも言える。「5次元存在」なる者に救出されて、娘と再会しているので、やはり死んだわけではない。
 相対性理論の大家であり、その後、重力波検出の功績でノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーンが科学考証をやっている。だから、SF映画とはいえ、荒唐無稽というわけでもないだろう。

・重力が強いところでは、時間の進みが遅くなる。

・事象の地平面の外からブラックホールに落ちていく人を考える。
落ちていく当人には時間は普通に流れている。事象の地平面といっても、そこに何か膜とか標識などがあるわけではないので、ブラックホールに落ちたことすら意識しないかもしれない。

・一方、これを外から見ている人は、その人が事象の地平面あたりで動きが鈍くなり、張り付くように見える。ブラックホール近くの時間はゆっくり進むからだ。かつ、強い重力により、光の波長が引き伸ばされ、やがて赤外線(以上)の波長になる。可視光線でなくなるので、見えなくなる。

ようやく今回言いたいことが言える準備ができた。これって、幸福の科学で説いている人の死亡時の状況によく似ているのでは。本人は今まで通り普通のつもりでいる。でも、他の人には動かなくなった人体しか見えない。ましてや、事象の地平面内部でどうなっているかは全くわからない。

もちろん、全く同じ状況ではない。あの世からはこの世のことが手に取るようにわかるが、事象の地平面内部から外部のことはわからない。
 

金山駅と総裁とユッコ

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 3月23日(土)15時21分13秒
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  幸福実現党立党の2009年。総裁は自身の本気さを身をもって示すべく、実現党総裁に就任したのみならず、8月の衆院選挙では自らも立候補した。自民党よりも多い337人を擁立した。

その中にはユッコと縁の深い竹内まりや、の妹・中岡陽子氏もいた。というか、この立候補で姻戚関係が報道されて有名になってしまったわけだが。

ユッコを思い出した2ヶ月後の2016/7。その中岡氏が支部長として赴任してきた。信者は皆大人であり、姉や芸能界のことは詮索しない。でも、1度だけユッコの話題になった際に、「姉もものすごくショックを受けていた」ことを話してくれた。ちなみに、中岡氏には「「正心法語」講義」にある「後光の感覚」の話が一発で通じた。実体験がおありのようだ。

さて、総裁の話に戻る。総裁は立候補こそ関西比例区だったが、党総裁ということで、全国を演説して回った。「本当は人間じゃないにも関わらず、選挙に立候補して人間の投票で選ばれるなんて、屈辱」。確かにそうだろう。でも、人類への深い愛のために、敢えてそうされている。

8/27(木)夕方の有楽町駅前には私も行った。大型の選挙カーの上に総裁が登場されたときには、「おお~っ」と感激したものだ。教団施設内とか大講演会会場での写真撮影は厳禁だが、皆がガラケーで写真を撮っていたのを覚えている。

その前日・26(水)正午。金山駅前で演説されている。愛知県ではここだけ。名古屋駅前ではないのが意外である。このことを知ったのが数日前なので、ユッコに絡んで何度も金山を訪ねた私には驚きだった。

その写真を見ると、大型の選挙カーの上に立たれている。背景には高層ビルらしき建物。金山の高層ビルはANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋だけ。おそらくここだろう。

その演説で総裁はかつて名古屋にいたことや、この金山にデートに来たことを話している。「額田美子」とだろうか。

金山はJR東海道線・中央線と地下鉄名城線・名港線が交わるターミナル駅なのだが、ちょっと行くとすぐに住宅地になる。東京の感覚からすると、目白駅とか高円寺駅ぐらいの賑わいでしかない。デートで映画「いちご白書」を見たとして、どこに映画館があるのか肌感覚では見当もつかない。もちろん、今はネットがあるので、その気になればすぐに調べられるのだが。

総裁の名古屋勤務は1984-86であり、ユッコとは基本的にニアミスしていない。でも、この2009/8の演説のときに、お姉さまやお父さまに声が聞こえていたら。そうであってほしい。自宅にいたのなら、かすかにながらも聞こえたはず。

もちろん、その一言で実現党に投票する気になるとか、幸福の科学に関心が向くということは期待しにくい。でも、たかが一言、されど一言。その一言がきっかけで数十年後に仏縁を得るとか、死後に地獄に行ってもおかしくなかったところを救われるなんてこともあるのだから。「幸福の科学」「大川隆法」の名前を知っているだけでもだいぶ違うという法話もあるし。

来月4/8(月)、成満寺に行く。行きは夜行バスで、早朝に金山に降り立つ。ユッコゆかりの地を一通り巡るつもりだ。これまで行ったことのない名古屋市立旗屋幼稚園跡地(現、旗屋小学校)も。
 

受験秀才とTAS

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 3月16日(土)18時29分34秒
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  私はインベーダーゲームとかギャラクシーウォーズとか平安京エイリアンが出た頃の世代である。ゲームとは数分・十数分で終わるものだと思っていたので、ロールプレイングゲーム(RPG)は本当にカルチャーショックだった。1日2時間ぐらいプレイして、終わるまで1・2ヶ月かかる。授業に出ず、1日8時間ぐらい没頭して1週間でクリアしたなんて「武勇伝」を聞いて感嘆したこともあった。

ところが、RPGというのは1度クリアした後の2回目というのはあまり面白くないもの。いろいろわからなくて迷ったり、無駄足をしたが、だからこそ面白かったわけだ。

答えがわかってしまうと、その答えにたどり着くためのスマートな方法を思いつくのは学問でも同じ。1915-6年に発表された一般相対性理論の論文のことには以前触れた。科学史上は燦然と輝く論文だが、特殊な座標系を使って計算しているので、現在の立場からすれば余計な回り道をしているのだ。だから、現在の学生が一般相対性理論を学ぶ際は、原論文を読むことはない。アインシュタイン方程式という答えがわかってしまっているので、後世の人がスマートな推論を発見して整備してくれているというわけだ。

さて、ゲームの話に戻る。RPGの2回目からの楽しみ方は大きく分けて2つ。1つは裏技をいろいろやってみる。HP・PPを最強に育ててからラスボスを倒しに行くとか、普通なら開けに行かない宝箱を全部開けて回るとか。

そして、もう1つができるだけ短い時間でラスボス倒しまでクリアする。初めは普通にプレイして試行錯誤しつつ時間を短くしていくのだが、それも洗練されて、別のコンピュータを使って最短時間の極限にトライする。TASというゲーム分野が確立している。Tool-Assisted Speedrunの略。

YouTubeにいろいろアップされているが、本当に早く終わるし芸術的で感動もする。クリアまで私が2ヶ月かかったのに、1時間で終わってしまうとか。どうしてこの場面でこんな操作を思いつくの?など答えを知らなきゃできないことも多い。いや、答えを知っていたとしても、実現確率が低くて人間のプレイでは実現不能というケースも多い。

>学校では実は答えのあることばかりをやっている。しかし、実社会ではどう答えを出せばよいか一定のやり方がない、そもそも答えが存在するのかどうかも定かでない。
>社長の経営判断などはその最たるもの。
>これは、最短距離で答えを出すことしかしてこなかった人には難しいことである。

受験秀才が社会に出ると全く仕事ができないとか、あまり出世しなかったりすることはよくある。それは、答えのある世界でTASばかり追求してきたからではないか。

TASではなく、あれこれ迷い、失敗しつつゴールにたどり着くことがゲームの楽しみ方の王道だろう。実社会・人生においても当てはまるはずだ。

逆に、4次元霊から1000年で9次元霊に進化するなんて、魂修行のTASがあったら一体どうなるのだろう。「進化」できた本人には悲しみはもちろん、真の喜びもないのでは。ゲームのTASでも、ラスボスを倒した後の感動なんてない。それどころか、普通にプレイして苦労してクリアしたときの感動の思い出が粉砕されたりもする。
 

ネタ切れの宿命が露呈か

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 3月 6日(水)21時45分10秒
編集済
  「本を100冊読めば、本が1冊書ける」。総裁が端的におっしゃっている。だから、その人の蔵書を見れば、その人が書ける冊数がわかる、とも。その冊数を超えて書こうとすると:

・中身が薄くなる
・同じことを言い始める

などして、読者が離れていく。

芥川賞を取った作家がその後も活躍したという話はほとんど聞かない。1作だけなら面白い小説が書けても、早くも2作目からネタ切れを起こす人がほとんどということだ。1作目が私小説なら、尚更。そういう人が2作目に取りかかると、本当に書けなくて、自殺したくなるほどの苦しみだという。

「コンビニ人間」で2016年に芥川賞を受賞した村田沙耶香さんのことは総裁もおっしゃったことがある。コンビニバイトをしながらの執筆で私小説的でもあるから、その後が続かないことを懸念してだろう。コンビニバイトは辞めないよう周囲から忠告されたそうだ。でも、その後、執筆に専念している。本当に大丈夫か気になるが。

だから、総裁が年に180回も説法したというのは、本当に超人的。ちゃんと本になっているし、経済学なり教育論なりを述べたとして、その分野を専攻した人が見ても高い水準の内容。(読売新聞・渡邉恒雄の霊言で、渡邉恒雄守護霊の意見)

さて、ドットーレ山口さんのドキドキラジオ'84。「全員に満足してもらうのはなかなか難しい。ユッコファン100人がいたら、51人に満足してもらえればいいかなと思っている。満足できない方は、他のところで楽しんでほしい」旨のトークがあった。開き直りとも取れる。もちろん、開き直りではなく、謙虚に自分の番組の限界を語ったのだろう。

1月の放送でかけた曲で、岩崎良美など、ユッコ以外のものがあった。これにいろいろ不満が出たのがきっかけかと推測する。私が聴いているYouTube版は楽曲は全てカットされるが、「岩崎良美」というナレーションには私も違和感を覚えた。

不満・クレームはありがたく受けるべきと経営論で言われる。不満があれば、顧客・ユーザーは黙って去っていくのが普通だからだ。不満を言ってきた場合、取引を打ち切る最後通牒ということも多いし。

いや、ドットーレ山口さんが番組を始めた時点で、周囲から「すぐにネタ切れするんじゃない」と言われたそうだ。ユッコの楽曲は56曲。ユッコファンの関心も基本的にはこれ。でも、それだけではすぐにネタ切れする。

なので、コンサート・周囲の人間関係・雑誌記事・ユッコゆかりの地などを取り上げてきたが、マニアックとか中身が薄いとか思うことも多かった。そう感じる人が私以外にも結構出てきたということではないか。

番組が始まってもうすぐ3年。ユッコファンの拠り所の1つになってきたのは事実だが、どこまで保つか懸念している。
 

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