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佳麗祭・・・

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月22日(木)21時25分51秒
  ユッコ52才の誕生日。この掲示板で「ユッコ、おめでとう」とだけ書いてもしょうがないと思っていた。だが、ツイッターを見ると、「#佳麗祭」でたくさんの人がツイートしている。「#ドキドキラジオ84」でも「#岡田有希子」でもなくて。

この「佳麗祭」という言葉。8/22現在、ウィキペディアに記載されていない。最近・近年できた造語だろう。なかなかいいネーミングだ。

それと、ポニーキャニオンが「贈りものIII」を復刻発売する。そのサイトが開設されていたので、購入した。曲を聴くだけならYouTubeでもできるが、じっくり聴き込むのにいいと思った。実はCDがほしいと思い始めていたので、グッドタイミングだった。

ドットーレ山口さんはユッコから表向き離れるけど、「#佳麗祭」にはたくさんのユッコファンがお祝いのツイートをしている。私は決して1人じゃないと思い直した。

10月中旬にやはり成満寺に行くことにする。
 

坊さんの弱点・世間解

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月21日(水)10時58分25秒
編集済
  私自身が坊さん魂のはずであり、ビジネス社会で相当苦労した。それでもある程度、坊さん傾向に修正をかけることができた。これは、総裁のおかげである。ビジネス論・経営論。

ツイッターはアカウントは持っていないが、「#ドキドキラジオ84」はROMしている。今般、ドットーレ山口さんがユッコを取り上げるのをやめるツイートをして、それを受けて出てきた2人の投稿が気になった。1人は住職の染川智勇氏。

5ちゃんねるのユッコスレには、ユッコファンを攻撃して悦に入っている人がいる。何年も前から。ドットーレ山口さんもMIMIさんも攻撃された。MIMIさんが掲示板を閉鎖した直接の理由。私も攻撃された。まきやんかジムシーの別名じゃないかと。まきやん・ジムシーとも番組で投稿が読み上げられたことがある。

一連の犯人だが、ヤクザではないだろう。芸能事務所にたかるための嫌がらせかとも思ったが、ユッコはもう故人だし、サンミュージックはジャニーズと同じく反社会的勢力とは縁がないはず。元経済ヤクザが吉本興業について述べた記事を読んで、ジャニーズを見直した。吉本は隙だらけで簡単に食い込めた。2時間ほどの会合に呼んで、数十万円を渡す。ヤクザの会合であることは事前に伝えてある。事前に明かさずにいて、会合の場でうろたえられたり、騒がれても困るし。その条件で、吉本芸人は喜んで来ていたという。でも、ジャニーズは本当に隙がなくて食い込めなかったというのだ。

その記事でサンミュージックについては別に言及していなかったが、闇社会と縁がないだろうことは見当がつく。相澤初代社長は人格者とされ、悪評がない。2017/2には、清水富美加さんの「全部、言っちゃうね。」を社員教育のためとして200冊購入してもいる。宗教絡みなので抵抗を覚える社員がいてもおかしくないのに、敢えて。そういう社風ということだ。

一方、ジャニー喜多川氏には悪い噂がいろいろある。週刊現代で当会ともバトルした元木昌彦氏によれば、所属タレントに性的ないたずらをしたとか。もちろん男性タレントに。まだ売れていないタレントからすると、トップの機嫌を損ねるわけにはいかず、しばらくは胸に秘めておくしかなかったという。

中森明菜への罠など、汚い仕打ちもあった。なのに、ジャニー喜多川氏が亡くなった後は、誉め称えるような番組・記事ばかり。所属タレントがそう言わざるを得ないのはまだわかるが、テレビ局もジャニーズが怖くて批判的なことが言えない。これでは、スターリン・毛沢東などと変わらないではないか。

つまり、5ちゃんねるでユッコファンを攻撃している犯人に組織性はないと判断できる。あくまで1個人。

犯人は、このブログも読んだ節がある。4/7(日)のオフ会のことをある程度詳しく書いたサイトは私は他には見つけられていない。で、5ちゃんねるに「オフ会は宗教のようで異常だった」とか。それとは別に、「田中久美さんが逃げ出すのもわかる」とか。幸福の科学から勧誘を受けたことがあるらしい。真偽は不明だが。タモリやビートたけしが景山民夫から勧誘されて逃げた・距離を置いたというのは事実。で、こちらはタモリらが逃げたのも無理はないと思っているが。

このブログではあちこちに「幸福の科学」と書いているので、小哲がまきやんやジムシーでは筋が通らない。かつ正々堂々と「幸福の科学」と書いた上で「暴露されてもかまわない。むしろ、そのほうが好都合」とも書いているので、5ちゃんねるにストレートに曝すのはやめて、遠回しにほのめかすだけにしたようだ。

で、染川氏。ユッコファンなのは別に問題ない。住職という立場上、実名を出していたので、攻撃された。だが、問題はここから。

5ちゃんねる(2ちゃんねる)の金言、「荒らしの相手をしたら、あなたも荒らし」。なのに、染川氏はまともに相手してしまった。で、弁護士を呼んだり、警察に連絡したりして大騒ぎした。愉快犯には格好の餌食。

果ては成満寺に連絡したり、ドットーレ山口さんに連絡したり。で、今般のツイッター投稿。

彼の投稿を全部読んだが、だらだら長い。要点をきちんとまとめた上で長いのではなくて。これはMIMIさんもそうだったが。ビジネス感覚やネットマナーが弱い。「ファンミーティング参加の皆様へ」と書いてはいるが、実際は多くの人を巻き込んで助けてほしいだけの奪う愛。宗教関係者に多いのが「救世主コンプレックス」。本当は自分が助けてほしいだけなのに、「助けてあげます。イエスの教えはこうです」などと、あくまで上から目線での言動。染川氏はその典型である。幸福の科学でもときどき見かけるが。

それが「相手にしなければ、とうに終わっていた話。 自分で播いた種を刈り取らず、この大事な時期に災いを撒き散らす。 結果、三年半もの長きに渉りユッコファンのために尽力した山口先生の努力を踏み躙る。 争いは外でやってくれ」のツイートとして現れている。名指しこそしていないが、文脈からして染川氏に対する怒りである。

これでは坊さん・宗教の評価が落ちるだけ。在家ながら宗教に関わっている者として、本当に恥ずかしい。

ただ、ドットーレさんがユッコの扱いをやめるのは、それだけではない。今回の騒動はあくまで決断のきっかけにしか過ぎない。主要因はネタ切れ。3月の放送でリトルプリンさんをゲストに迎えた際に、苦しい台所事情を明かしていた。リトルプリンさんは実は4/7オフ会に参加しているが、そのトークを聞いて、「フェードアウトするつもりなのかと思った」と言っている。それに対し、ドットーレさんは「フェードアウトしますよ。いつかは」と答えている。

釈尊の十号の1つに「世間解」(せけんげ)がある。教義などの宗教的なことだけではなく、世間一般のことについてもよく知っているという意味だ。実際、釈尊はビンビサーラ王から政治的な助言を求められても、的確に答えることができた。

なのに、坊さんには世間解が弱い人が多いようだ。釈尊を本当に信じているのなら、世間解も修行項目としてしっかり実践してほしいものだ。

成満寺の青木住職にしても、番組ゲストに招かれたことがあるが、内容が堅いだけならまだしも、一方的に長々しゃべるなど、ちょっと問題含み。あれでは「またゲストに呼ぼう」とは思ってもらえないのでは。

とはいえ、成満寺がユッコのお墓をしっかり守ってくれているので、ユッコファンが宗教全てを嫌うまでには至らないだろう。そこが救いだ。
 

番組でユッコを扱うのは9月末で終了

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月19日(月)20時48分16秒
  8/18(日)にツイッターで表明。番組自体は続くが、ユッコは取り上げなくなる。残念。なぜそういう結論に至ったか、推測してみる。

1.ネタ切れ
最大の要因だろう。番組を始めた時点でネタ切れは宿命だった。よく、3年半もたせたものだ。

ユッコのディスコグラフィー56曲がファンの基本的な関心。それだけではすぐにネタ切れするので、作詞・作曲・編曲者やユッコゆかりの地などを取り上げてきた。それでも苦しくなって、中身が薄くなったり、逆にマニアックになったり。ユッコが乗った車・スバルレオーネの仕様を細かに語ったのは、マニアックの最たるもの。エンジンが何気筒かなんて、カーマニアしか関心がない。ユッコ自身、考えたこともないだろう。

少なくともこの回は自己満足と断言する。国営放送のプロパガンダではなく、民間放送なのだから、シーズではなくニーズ。学会でなら新事実を発表すれば賞賛されるだろうが。聴衆が理解できずとも、プレゼンが下手でも。

とにかく自分の知識を開陳すれば誉められるのは学校でもそう。でも、民間企業に入れば、大事なのはシーズではなくニーズ。これに気づかない人は出世しない。

ところが、学者には「シーズではなくニーズ」が大衆迎合にしか見えない人が結構いる。わざわざわかりにくく書いて、いかにも秘伝があるかのように見せたがる。象牙の塔の典型。これは、法話でも説かれている。

ドットーレ山口さんは民間医院の開業医・臨床医なので、象牙の塔ではなく、ニーズを汲み取る力は相応にある。だから、3年半続けられたわけだが。

人の関心は本当に人それぞれ。他の番組でユッコを取り上げたとしても、ディスコグラフィーや作詞・作曲者、学校、出演ドラマ、コンサートの話題ばかりなのは、それがファンの共通関心たり得るから。

ドットーレ山口さんはそれを「表面を撫でるだけ」と評している。だからといってマニアック路線に走るのはいかがなものか。本当はネタ切れで苦しいから、という制作者側の都合のはず。つまり、ニーズではなくシーズで動いていたということ。

このブログで、幸福の科学や語学絡みの内容に抵抗を覚えた人も相当いるだろう。それと同じような抵抗を、マニアックな放送内容に感じた人が少なからずいるということだ。

2.距離感を誤ったリスナーの存在
例えばこの私。「ドットーレ山口」とやたら書いたので、「ん、ドットーレって実は幸福の科学信者か?」と思う人が出てきても仕方ない。迷惑だったか。ここはお詫びしたい。

でも、2016/5にユッコのことを書き出したのは本当に偶然(シンクロニシティ)。別に、2016/4の番組開始に合わせたわけではない。ユッコのことを思い出して、ウィキペディアなどでいろいろ調べ、番組の存在は知ったが、しばらくは全く聴いていなかった。

2017/7のファンミーティングに参加する直前に、少しだけ聴いた。ドットーレ山口さんの顔は会場で初めて見た。それまで写真ですら見たことがなかった。番組をYouTubeで毎週聴くようになったのは、その後。

3.再び私1人で
ドットーレ山口さんがユッコから離れると知って、ぽっかり穴が空いたような気がした。これは、故人を偲ぶのと似た感覚。いや、執着していたものを失った感覚だ。

ユッコを追悼などと言いつつ、自分が執着を起こしていた。反省。

今後ユッコを語るとしても、1人になる。2016年当初に戻ると思えばいいかもしれない。

実は10月中旬に行きだけ夜行バスを手配していたが、キャンセルした。次にいつ名古屋に行くかは未定。供養するなら、那須で静かに祈るほうがよほど効果的だろうし。
 

ユッコゆかりの地:中野坂上駅2番出口

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月14日(水)10時18分45秒
編集済
  MIMIさんの掲示板で似た投稿をしたことがあるが、また書きたくなった。

8/13(火)。昼食は普段は配達仕出弁当なのだが、盆休みなので、松屋で食べることにした。松屋・中野坂上店。中野坂上駅2番出口のすぐ脇にある。

中野坂上駅は近年大きく変貌を遂げた。青梅街道と山手通りの交差点角4つのうち3ヶ所に高層ビルが建った。また、山手通りの下を通る都営大江戸線と接続した。それに伴い、中野坂上駅の出口も大きく変わった。

でも、中野坂上駅2番出口だけはユッコが堀越学園に通っていた頃の面影をとどめている。というか、ほぼそのままだ。

1984/5/31(木)に「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」コーナーに菊池桃子と出演したことは、ユッコファンには語り草。そのときのトークで実は電車通学していることを話している。今ではあり得ないことだが、ネットはなかったし、個人情報という観念もあまりなかった。そんな時世を反映している。

小田急線と丸ノ内線に乗っているとも話していた。現在わかるネット情報と組み合わせれば、

小田急線 成城学園前-新宿
丸ノ内線 新宿-中野坂上

に乗っていたということだ。

もちろん、この時点では歌手デビューしたばかり。人気がまだ沸騰していなかったので電車通学できていたのだろう。ドットーレ山口さんの番組に現場マネージャーの青木さんが出演しているが、1985/1に担当になって学校へ車で送迎していたという。「恋、はじめまして」「二人だけのセレモニー」がザ・ベストテンにランクした後であり、電車通学などとてもできなかっただろう。

でも、ドットーレ山口さんにはリスナーから「ユッコを電車で見かけた。でも、疲れている様子だったので、声をかけるのは諦めた」旨の情報も来ているそう。はて、いつ・どこで?ユッコ自身が「芸能人て、車で移動するものだと思ってた」と不満を漏らしたことがあるそうだから、必ずしも通学中ではなく仕事の合間だったのかもしれない。

丸ノ内線もユッコ時代から大きく変わった:

・赤一色ではないアルミニウム外観の新型車両
・西新宿駅ができた。
・自動改札機が導入され、その後さらにPASMO・Suicaが使えるようになった。
・ホームドアが設置され、安全になった。
・6両編成電車が枝線の終点・方南町まで行くようになった。

番組の「ユッコゆかりの地レポート」に丸ノ内線は出てきていない。当たり前すぎて誰も寄稿していないか、寄稿していても採用されていないのだろう。

でも、私は西新宿駅でよく乗り降りしているので、ユッコと同じ空間をしょっちゅう出入りしていることになる。四谷4丁目交差点の下もよく通るし。

そして、中野坂上駅2番出口。間違いなくユッコが何度も通った場所。改めて感慨を覚えた。
 

論旨を補足

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月14日(水)10時13分35秒
編集済
  こんな反論もあり得るかな、と思い、補足しておく。

はいはい。語源的に無関係なのは知ってるよ。でもさ。KUWATA BANDの「スキップ・ビート」(Skipped Beat)て曲、知ってるか?あんたの言ってることは、「スキップ・ビートは音楽用語で、周期的なリズムの一部を意図的に欠かせた(スキップした)もの。スケベなんて意味はどこにもない」て一生懸命言ってるのと同じなんだよ。この語学オタクが。

・・・でも、スキップ・ビートとスケベが語源的に無関係なのは、誰でもわかる。「Bien」の収録アルバムが「ヴィーナス誕生」でないとユッコファンなら誰でもすぐにわかるように。

それに、「スケベ」とストレートに言ったら放送禁止にされかねないので、意図的にダブルミーニングにしたのと違い、ユッコの「Bien」は別に「レズビアン(ビアン)」とのダブルミーニングではないだろう。それはドットーレ山口さんもトークで認めている。

一方、レズビアンとBienについては、先生が初めに「トレビヤン、レズビアン」と言い、おまけトークで「別に偏見はない。毎日患者に接しているから」と真面目に語っている。普通の人なら語源的・意味的に関係があると思ってしまうだろう。ミスリーディングというものだ。

語源的に無関係なのだから、レズビアンとbienの接点はただ1つ。あくまで日本語での略称の1つ・ビアンと仏bienが似ていることだけ。bienをカタカナ書きすればビヤンだから、その意味でも違うが。

で、その点については「星空のディスタンス」云々で指摘した。

ところで、私は「スキップ・ビート」がダブルミーニングであることに気づいたのは数年前のこと。「割れたパーツのマニア」「君に虜の生ジュニア」の意味もわからずにいた。ウブな大学生だった。サザンオールスターズとしての「艶色THE NIGHT CLUB」の「男も濡れる」「女も立たす」なら、中学生の頃に聴いてすぐにわかったが。

P.S.
ダブルミーニングどころか、トリプルミーニングなのだろうと初めて気づいた。スキップビートは:

・音楽用語としての本来の意味
・スケベ。実際、桑田が歌うときは「スケベ」と発音している。
・ずばりアレの音。パン、パン、パン・・・パン、パン・・・パン、パン、パン・・・
確かにSkipped beat。

桑田ならやりかねない。いや、絶対に意図していたはず。

これに気づいたのは案外私が初めてかも。熱烈な桑田・サザンファンでも、「スケベ」の説明で納得してしまっていたのでは。

しかし、こんなことを一生懸命書くと、ユッコ追悼どころか渡辺淳一化しそう。今後は控えます。ユッコも生前に彼の小説を読んで毒を喰らっていたはず。
 

「Bien」は女性同性愛者の歌?

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月12日(月)12時16分28秒
編集済
  >「Bien」にハマっている

2016/11/26分のリクエスト特集。リクエストに応える形で初めて「Bien」がかかった。それに関してドットーレ山口さんが「トレビヤン、レズビアン」と言っていたのが気になった。語尾が似ていることに引っかけたダジャレかと思ったが、どうもそうではない。おまけトークで「性同一性障害に別に偏見はない。毎日のように患者に接しているから」の旨、真面目に語っている。

だとすると、相当な事実誤認があるので、情報を整理していく。

1.ユッコの曲「Bien」
 これは「トレビヤン」(tres bien)のビヤン。スペイン語bien(ビエン)、イタリア語beneと同語源。スペイン語・イタリア語会話教室で誉め言葉として何度も「Muy bien.」「Molto bene.」と聞いたことがある人は多いはず。

いずれも語源はラテン語のbene。

2.「レズビアン」
日本語の「レズビアン」は直接には英lesbianに由来。フランス語では「レスビヤン」(lesbien)。カタカナ読みの違いや、英仏のスペルの違いに注意いただきたい。

語源はギリシャのレスボス島。レスボス島出身の女性が女性に対する愛を歌ったことにちなんで、「レスボス人」を意味するlesbianが「女性同性愛者」に転じて広まったもの。レスボス島の人はもちろん不愉快に感じており、この呼称に抗議したというし、呼称変更は無理と判断してか、島の最大都市にちなんでミティリニ島と名乗ってもいる。「トルコ風呂」を「ソーブランド」に変更させたようにはいかなかったというわけだ。

3.フランス語では
「レスボス人」lesbienは、複数形定冠詞lesとbienの複合語のようにも見える。ドットーレ山口さんのおまけトークを注意深く聴くと、どうもこの誤解の元に語っているようだ。「bienにはこんな隠れた意味があるんですよ」と言わんばかり。「ユッコの「Bien」にそこまでの意味はなかったんでしょうけど」とも語っているし。

「おい、もしそうなら、なぜbienは単数形のままなのだ」と気づいた人は鋭い。関係代名詞lequelのように、lebien,lesbiens,labienne,lesbiennesと変化しないのか?それに、「レスビヤン」の発音。もし「les+bien」の複合語なら「レビヤン」になるはず。

つまり、「les+bien」の複合語ではないということ。
・レスボス島はギリシャ語由来。
・bienはラテン語の副詞beneが由来。英語wellに相当する日常語。

4.イタリア語・スペイン語・ポルトガル語では
 副詞 レスボス人 レズビアン
伊 bene lesbico lesbica
西 bien lesbiano lesbiana
ポ bem lesbico lesbica

フランス語でなければlesを定冠詞と誤認する余地はない。bienとレズビアンは無関係なことが一層はっきりしただろう。

5.誤解のもう1つの要因
「レズビアン」が直接には英語由来なのは上記のとおり。で、あくまで日本語の用法として「レズ」や「ビアン」と略されたりする。これも念頭にあったはず。「ビヤン」でないことに注意。つまり、フランス語ではない。

もっとも、英語の変形「ビアン」と仏bienを関係付けるのは、「星空のディスタンス」から「星型の箪笥」を連想するのと同じぐらいの飛躍。お医者さんがこんな根拠だけで真面目に語ったとは考えにくい。医師としてのプライドが許さないだろう。やはり、フランス語の知識が念頭にあったはず。

ちなみに、「星空のディスタンス」云々は、アルフィーの曲で、ザ・ベストテンで1位を取ったときに行われた演出。

6.策士、策に溺れる
ドットーレ山口さんはユッコのディスコグラフィーを見て、「かしぶち哲郎はフランス語をよく使う」と気づくぐらいで、フランス語を勉強したことがあるようだ。また、スイス旅行に何度も行っていて、ユングフラウ観光の拠点・インターラーケンのことを「いかにもドイツ語っぽい名前だ」とサラッと語っている。つまり、ドイツ語も勉強したことがあるということ。さすがはお医者さん。

でも、ユッコの「Bien」については普通の人が「トレビヤン」の「ビヤン」だなと感じるその内容で正解なのに、なまじフランス語を知っていたために誤った内容を大真面目に語ってしまっている。

「Bien」の収録アルバムが「ヴィーナス誕生」とも間違えているが、こちらはユッコファンならすぐにわかるミスなので、ご愛嬌。でも、レズビアンのほうはきちんと反論できる人が少ないし、「自分の専門分野」云々で箔付けしているから、ちょっとたちが悪い。

策士、策に溺れるというべきか。

「Bien」には抵抗を覚えていたという。その理由の1つが誤解に基づいていたわけで、その誤解はぜひ解いてほしいものだ。

サビらしい盛り上がりのない単調な曲、という点でなら確かにそのとおりだが。

7.ファンミーティングには落選
残念。この投稿は、その腹いせと取られても仕方ない。でも、語学ネタはこの掲示板開設以来、ときどき書いてきている。

あくまで、是々非々で事実誤認を指摘しただけのつもりだ。
 

8/8(木)未明の夢に

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月 8日(木)06時25分32秒
  支部にユッコが歌いに来てくれた。私の娘もそこにいた。私は「おおっ、ユッコだ」と思いつつも、なぜかボランティアのお役を引き受けていて、その場を離れてしまう。

その後、総裁の講演会に行った。なぜか建物内ではなく広場でだった。

で、目が覚めた。

>ユッコが幸福の科学に帰依したかどうかはわからない

ユッコを夢で見たのはたぶん初めて。総裁の夢は初めてではないが、滅多には見ない。

・ユッコを
・支部で
・総裁も同じ日に

実に意味深だと思い、好意的に解釈することにした。
 

2016/8/13分についてツイート

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月 6日(火)21時07分49秒
  >四谷4丁目・成満寺・ファンミーティング・4/7のオフ会。どの場にもある程度女性がいる。

一般リスナー2人と対談しているが、1人は女性のMIMIさん。びっくり。私が出入りしていた掲示板の管理者。掲示板閉鎖の理由の1つが母の認知症だったが、この時点で認知症だったとは。

ドットーレ山口さんがMIMIさんの掲示板に書き込んだことがあるのは見て知っていたが。
 

乳癌へのアプローチ:西洋医学・心理療法・宗教

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月 6日(火)13時03分10秒
編集済
  宮崎ますみと電話対談した回(2016/7/30分)を聴いての感想を書きたい。

ゲストに招いたきっかけは、もちろん堀越学園での同級生ということ。だが、乳癌を患ったことが話題に出てきた。後でウィキペディアで調べたところ、2005年、37才のとき。意外なつながりである。ドットーレ山口さんが乳癌の専門医ということだけではない。私も妻を乳癌で亡くしているので。

直接の死因は転移した肝臓癌。乳癌は切除できたのだが。

切除手術前に、「もう触れなくなるから触って」と言ってくれたこと。そして、切除後の姿の痛々しかったこと。胸は女性・母性の象徴。辛かったはず。私もどう言葉をかけていいか迷った。もちろん、元気付けなければならない。かといって、上辺だけの安っぽい激励はすぐに見抜かれる。激励となる本音の思いをどうにか紡ぎ出したのを覚えている。というか、この文章を書こうとして数年ぶりに思い出した。博覧強記の私でも、辛いことは思い出せないことが多い。防御機構とでもいうべきか。

ナグモクリニックのホームページを見ると、「乳房再建」などとあって、何の診療科かわかりにくい。「豊胸だったら医療というより美容だよな」なんて思ったこともある。そうではなくて、乳癌が医療のメイン。ならば、他の臓器の癌も手がけられるのだろうが、再建もやることで、乳癌治療に特化しているというわけだ。

妻は抗癌剤を呑んだが、副作用に苦しめられた。吐き気や頭髪が全部抜けるなど。そういうこともあって、独自の治療法を行っている病院へ転院した。その後、転移が判明し、助からないとわかったものの、最期までそこに入院していた。

その院長の本で、今でも印象に残っている記述がある:

抗癌剤の第1号は、ナイトロジェンマスタードという物質。第1号だから、薬理学の教科書には必ず出てくる。なので、癌の専門医は必ず知っている。ところが、このナイトロジェンマスタードは元々毒ガス兵器として開発された物質。これも、癌専門医は知っている。ということは、ドットーレ山口さんも。

つまり、そんな物質を投与すると、確かに癌細胞は縮小するのだが、他の正常な細胞が先に参ってしまう。これが、抗癌剤の副作用の本質。

その医者は開業直後、事務の不手際で保険診療対象医院から外されてしまった。当初は落ち込んだが、自分が納得できる治療法を追究・実践できるチャンスととらえたとのこと。はぐれ狼的で、ブラックジャックに似ている。ここまで書くと、特定できる人もいるだろうから、書く。丹羽耕三先生である。保険が効かず、全額自己負担なので、きつかったが。

医者の中にも「この治療法はおかしい」と思いつつ、組織や政治のルールに縛られて、仕方なくやっている人もいるだろう。良心の呵責があるだけ、まだまともだ。

それでも、自分が癌になったら抗癌剤は呑まないという医者は結構いるらしい。銀行員が自分では投資信託を買わないのと同じ(自腹営業に迫られない限り)。

こういう裏事情を知っているので、西洋医学には一定の胡散臭さを感じている。もちろん、全てではない。0.1以下のど近眼を治してくれたPRKには本当に感謝している。ユッコにも教えてあげたいぐらいだ。(現在はレーシックが主流)

幸福の科学では、癌は基本的に心因性だとしている。自責の念・怒り・強すぎる責任感など。自分の妻も救えなかった人が偉そうに言うのはそれこそ「医者の不養生」だが、お許しいただきたい。でも、この論法は自分や弟子を迫害から救えなかったイエス、釈迦族を滅亡から救えなかった釈迦にも使えることは指摘しておきたい。実際、悪魔が惑わかしの論法としてよく使うそうだ。HやKにも当てはまるが、総裁の評価が世界的・歴史的にはまだ固まっていないので、やめておく。

で、女性にありがちなのが、悩みを溜め込むこと。そして、自分を責める。責める思い・自己処罰の念が物質化して癌になる。子供のできが悪ければ、母としての自分の機能に問題があると感じて子宮癌、夫とうまくいかなければ、乳癌になったりする。

もちろん、これは西洋医学では認められていない。でも、胃潰瘍のように医学でも心因性と認められている病気がある。そもそも「心因性」という医学用語があること自体、心と体の相関関係をある程度は認めているということだ。

で、癌が心因性であることを認める立場からすると、宮崎ますみさんが始めた心理療法についてある程度納得できる。西洋医学に比べると、胡散臭く見られがちなのも宗教と同じ。

とはいえ、宗教やあの世という考えにどうしても抵抗がある人もいるだろう。そういう人にはいいかもしれない。でも、私は幸福の科学の教えのほうがより本質的だと確信している。ユングの心理学よりは空海の教えのほうが本質的に感じるのと同じ。(当会では、ユングの過去世は空海としている)

癌が自分を責める思いでできるとすると、これは緩慢な自殺。ユッコも完璧主義の性格がそのままだったら、1986/4/8には思いとどまったとしても、結局自殺していたか癌になっていたと推定できる。自分を許すこと・8割主義の大切さをユッコには伝えたい。

私の娘もいずれは結婚するだろうが、何をアドバイスするかもう決めてある。どんなに仲のよかったカップルでも、必ず価値観の対立が起きる。そのときに、悩みを溜め込まないように、と。

ところで、ドットーレ山口さんは自分と同い年のユッコファンが亡くなったことを番組で語ったら、泣き出してしまった。人間味のある人だ。
 

仏の秘するもの:死に際の苦痛

 投稿者:小哲  投稿日:2019年 8月 4日(日)22時01分46秒
編集済
  >2016/4/2-5/28まで9回分聴いたところで、一休み。

ここまで聴いたところで書きたくなった。ドットーレ山口さんの経歴・行動を、番組内容やナグモクリニックHPやツイッター投稿内容を元に、簡単にまとめてみる。

1970/5生まれ
出身地 水戸
1989/3 茨城県立水戸第一高校卒
1989/4 浪人して、駿台に通っていた。
1997/3 福島県立医大卒
実際に医療に携わるまで、2年のブランク。修士課程か。
2003/10-2006/12まで埼玉医大に。博士号は埼玉医大から授与されているので、このときに取得か。
2006/12 ナグモクリニック東京院長に。
2009/3 名古屋院長に。

ここから、東京と名古屋の二重生活。「リスナーの誰よりも」東京-名古屋を往来するように。

30年来のユッコファンだが、直接見たことはない。初めて墓参りしたのは2015/8。名古屋に赴任してから6年以上経っている。

沢尻エリカはユッコが亡くなった日に生まれている。これに触れた後、「私はバリバリの理系なので、魂は信じない」と言っている。これについての意見。

ユッコが即日転生したというのは、幸福の科学の教えからすれば、あり得ない。私はそれこそ「信じない」。自殺だし、後追い自殺者もたくさん出たので。

「バリバリの理系なので」
それは私も同じ。学者にはなれなかったが、落ちこぼれというわけでもない。最近ではブラックホールについて意見を書いたし、「多元数」でググると上位に出てくる。多元数に興味を持つのは大学理系の人。それなりに多くの人に納得してもらえているようだ。

今年2月時点での当会の理事長も、数学を専攻した人とのこと。

じゃあ、ドットーレ山口さんが養老孟司のようなバリバリの唯物論者かというと、そうでもなさそう。初めて墓参りした直後に30分も泣いたそうだから。少なくとも、故人を悼む気持ちはある。「天国のユッコ」といった表現もしているし。唯物論者なら、こういう表現は嫌うはず。私からすると、その時点で天国にいたか大いに怪しいので、「あの世のユッコ」のほうが無難でよかったと思うが。

日本では「宗教」というと、何か怪しげでおかしい人のイメージを持たれやすいので、「信じない」といった表現になったか。

東大の医者で「あの世はある」と主張している人もいるし、アメリカでそれまでバリバリの唯物論者だったのに、自身の臨死体験を機にあの世を認める派に転じた医者もいる。元唯物論者らしく、その臨死体験を唯物論者がどう反論してくるかよくわかっていて、その論点にきちんと反論できるよう実証的な証拠を踏まえて反論している。

・脳波が確かに止まっていた時間帯に
・他の誰も見ていない知人の行為を
・「言い当てた」。というか、見て覚えていた。もちろん、肉体の目は閉じていたから、普通の意味での「見る」とは違う。でも、本人の認識としては視覚。

ドットーレ山口さんが臨床医として駆出しの頃は、救急医療に携わっていて、毎日のように人の死を見たという。そして、「死は怖い」とのこと。

私も幼い頃・若い頃はそうだった。でも、なぜ怖かったのだろう。ヒントの1つは手塚治虫の作品。「ブラックジャック」でも「ブッダ」でも死に際の苦痛を重要テーマとして扱っている。

だけれども、総裁の「永遠の生命の世界」では、火事で焼け死んでいながら、そのことに気づいておらず、まだ生きているつもりの霊の話が出てくる。

「柱も何もかも焼け落ちている。その中にあなたはいたのだ。焼肉だって、そんな猛火で焼いたら炭になってしまうだろう。それで、あなたは生き延びられたと思うか」
「では、今のこの私は何なのだ?」
「それは、肉体ではなく霊になったということなのだ」

と天使が亡者を諭す会話が出てくる。この亡者は自分が死んだことに気づいていないが、それだけではない。死に際の苦痛を感じなかったか、覚えていない。

確かに、多くの臨死体験でも「始めは苦しかったが、お花畑のようなところに出て、快適だった。肉体に戻って苦痛が甦ってきた」というものが多い。

卑近な例を出せば、「妖怪ウォッチ」のジバニャン(というか、アカマル)。トラックにはねられても苦痛に悶える描写はなく、直ちに霊になって飼い主のエミちゃんに別れを告げて昇天していく。

これらを踏まえると、死に際の苦痛はそんなに心配しなくていいように思えてくる。もちろん、死に際の苦痛は、自殺を思いとどまらせる大きな要因になっている。それに自殺の場合は死後も激しい苦痛が続くようだ。

そして、幸福の科学が説くあの世の世界観。更に、死後数日の人の霊言を読むと、死は怖くなくなってくる。そういう信者が多い。

死に直接向き合う医者にこそ、そういう死生観の哲学、いや、宗教が不可欠なのではないか。実際、病院には地縛霊がうようよしているというし。亡くなっているのにまだ生きているつもりで「なぜ俺を診てくれないんだ」「私にも薬ちょうだい」とか言っているらしい。
 

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