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墓参り7回目

 投稿者:小哲  投稿日:2018年 1月 3日(水)20時35分44秒
  2018/1/3(水)、5:55。関西本線の始発・亀山行きで永和駅に着いた。まだ真っ暗。昨夜から雪が降ったようで、道が濡れている。しかし、満月がはっきり見えた。そして、強い風。4m/sはある。

踏切を渡った後、道をひたすらまっすぐ進む。セブンイレブン愛西北一色町店でお金を下ろすため。セブン銀行口座を再び作ってあった。

何とも寒い。視界のはるか先に見える山地から吹き下ろしてくる風。ちょうど1年前の今日、こうしてやってきたがこんなには寒くなかった。後で気温を調べたら、4度。

セブンイレブンに着く頃に空が白んで美しい朝日が見えた。引出し手数料が無料になる7時まで店の外で待った。

7:20頃に成満寺到着。いつも通り本堂に寄ってお布施し、正心法語を唱えた。そして墓地に行った。住職を初めて見かけた。ユッコのお墓から1つだけ入口寄りのところにいて、読経していた。終わると法鈴を鳴らしていた。それをおそらく全部のお墓にやっているようだ。

ユッコのお墓にもロウソクと線香が灯されていた。もっとも、ロウソクは強風ですぐに消えてしまったが。

きっと成仏していると思いつつ、正心法語全編と「主への祈り」「守護・指導霊への祈り」「病気平癒祈願」を心の中で唱えて供養した。

「こんにちは」と声をかけられた。私と同年代らしき男性で、関西弁。花束を持っていた。

その男性が祈りを終えた後、ユッコについていろいろ語り合った。話がちゃんと噛み合った。ファンなのは間違いない。正月の朝だから、誰かに会うことなどないだろうと思っていたので、嬉しかった。

8:50頃に成満寺を出て、永和駅を9:40に発車。青春18きっぷ・各駅停車で帰ってきた。ダイヤ乱れも特になく、助かった。
 

無名の菩薩-最後の煩悩を超えて

 投稿者:小哲  投稿日:2017年12月24日(日)16時14分47秒
  幸福の科学は初期には釈迦の教えを前面に出していて、六大煩悩の克服などを大きく打ち出していた。その教えは今でも「仏説・八正道」として出ており、決して引っ込めたわけではない。

だが、世界宗教を目指して世界伝道を進めるにあたり、前面に出す教義では仏教色が薄められた。いや、薄めたというより、「愛の発展段階説」で普遍性を高めたというべきだろう。指導霊にもギリシャ神話で知られるヘルメスを入れたりして。既に世界100ヶ国以上に信者がいるということだが、仏教色が強いままだったら、こうはいかなかっただろう。

とはいえ、煩悩の克服が重要な修行課題であることは変わらない。食欲・性欲・金銭欲・出世欲など、いろいろな欲があってなくすことはできない。無理に抑え込もうとすれば、「即身成仏と称して断食し、ミイラになったが、実は餓鬼地獄に墜ちていた」なんて悲劇になったりする。だから、欲を上手にコントロールすることが大事、と教わっている。

心の修行を通じて、欲が収まってくるわけだが、最後まで残る煩悩が名誉欲。菩薩・如来であってもこの克服は難しく、それで転落した者もいるという。地獄界のNo.1がその1人とされる。

総裁が霊言を再開されて数年。初期の頃と違って、歴史的評価の定まった宗教家・政治家ばかりではなく、存命中の政治家・タレントなどが数多く登場した。

その中には地獄的な考えの人もいたし、地獄的ではなくても悟りがそんなに高いとは思えないような人もいて、霊言の人選は一体どうなっているのか、理解に苦しんだ。いや、結局のところは有名かどうかじゃないかと思えた。「仏陀再誕」で「この世的に、花形と言われるような職業・・・に心をとらわれてはならない」などと書いてあっても、結局はこの世的に有名かどうかで決まるんですね。そう思えて、この数年間苦しんだ。

出世できない・有名になれないのは、精進・努力が足りないから。それはその通り。ただ、信者でない人、信者でないどころか幸福の科学を馬鹿にしているような人も私の周りにたくさんいて、私よりはるかに出世し、高給を食んでいる。それでいて、植福は信者からのみ。ときには「植福しなければ信者も滅ぼすぞ」との脅しとも取れる霊言があったりして、悔しさと理不尽さを感じてきた。

だから、この数年、私は法話拝聴・祈願・書籍「購入」など、対価性のある植福しかしてこなかった。幸福実現党も政策は全面的に支持しているが、党員はやめている。

しかし、そういう思いを切り返す法がはっきり説かれ始めた。まず、佐藤順太の霊言。渡部昇一の恩師。

「知的生活の方法」は私も読んだことがあるが、佐藤順太の名前は全く記憶に残っていなかった。いや、私だけではなく、多くの人がそうだろう。だが、霊格は今上天皇よりも上だという。全く無名なのに。

天皇の本質は、日本神道の最高神官。だから、会社の社長みたいに生前退位するなどとんでもないこと。高天原の神々の総意にも反しているという。

にも関わらず、生前退位が決まってしまった。であれば、天照大神はこれまで以上に怒り狂ってもよさそうなのに、そういう怒りの霊言はないのか。日本神道に直接帰依したつもりはない信者には怒って、今上天皇には怒らないのは結局、この世的な立場を忖度しているだけではないのか。過去世がムハンマドの信者がいてもおかしくないと私は思っているが、それを公言したらイスラム教徒は帰依するどころか殺しに来るだろう。それと同じ判断か。

ところが、今上天皇・昭和天皇の霊格についてもきちんと言及していたので、おやっと思った。そもそもその霊言の質問者が大川咲也加さんなのが意図的な人選である。しかも、最初の質問が「有名でなければ菩薩にはなれないという考えがあるが・・・」というのは唐突な印象。佐藤順太霊をいきなり呼んでのぶっつけ本番ではなく、総裁と佐藤順太霊が事前に「こういう質問をしたいが」と打ち合わせた感じである。

そして、12/7(木)のエル・カンターレ祭「愛を広げる力」で、「無名の菩薩」という言葉が打ち出された。「無名の菩薩、大歓迎」。

地獄界のNo.1だけではなく、当会でもこの有名かどうかといった名誉欲のところで躓いて退転した人が少なからずいる。いや、退転しないまでも、強烈な劣等感に苦しんでいる人も多い。私は他の信者のブログは中身が薄く感じられて基本的に読まないのだが、面白くてためになるあるブログをときどき読みに行っている。

そのブログ主の信者は夫婦揃って読心能力をお持ちで、ある精舎に行ったとき、信者たちと対話しているある職員を一目見て、強烈な劣等感の持ち主であることがわかってしまったという。

「自殺を防止するためには」では学力不振での自殺の対処法も語られているが、学力不振に慣れた生徒はむしろ自殺しなくて、進学校に多いという。それは、小学生の頃は優秀だ・優秀だと誉められてばかりいたのに、優秀な生徒ばかり集めたらあっという間に普通の人か劣等生になってしまう。それが理解できなくて苦しむから、とある。

もちろん、その生徒は、入学できなかった人よりは優秀だし、全国的に見ても優秀なレベルなのだが。

それと同じことが職員や信者にも起きている。当会にいち早く集ってきたような人たちは基本的に優秀。霊格としても神々の1人に位置付けられるだろう。過去世ではちょっと活躍すればすぐに頭角を現せ、賞賛もしてもらえた。

ところが、神々が集っている当会ではなかなか頭角を現せない。進学校でのフツーの人みたいなことになっている。

だけれども。今世の修行課題は実は、最後の煩悩・名誉欲の克服。かつ、皆がそれを達成する大きなチャンスではないだろうか。

総裁は2016/12のエル・カンターレ祭からアルファ意識が前面に出てこられ、「次元上昇」されたという。だが、それは総裁にとどまらず、信者たちもということだろう。最後の煩悩・名誉欲を克服できたなら、地球ユートピア・宇宙ユートピアの実現・維持に大きな力を発揮するはずだから。

そして、「心の指針 157 自信を持つ」。この説法は凡夫向けではなく明らかに信者ないし神々に向けてである。その中で以下の一節が印象に残った:

悟りを得るということは、
有名になることでも、
お金持ちに
なることでもない。
情報人間になる
ということでもない。

私はこれを読んで、恥ずかしさを通り越して笑ってしまった。見事に3つとも誤解していたからだ。

だが、これら一連の法を説いていただいて、迷いが吹っ切れた感じだ。

無名の菩薩。これは私のみならず、多くの人々。いや、多くの神々の迷いを断つ力強いキーワードとなるだろう。
 

ユッコはもう成仏したか?

 投稿者:小哲  投稿日:2017年10月20日(金)20時08分17秒
編集済
  ユッコが今どうなっているかは、ファンならば誰しも気になるだろう。YouTubeでは興味深いことに、「死んだら何もかも終わり」といった唯物論的な書き込みがない。故人のことを本当に慕っていれば、唯物論は自ずから影を潜めるということかもしれない。死んだ後にも、個性を引き継いだ何らかの存在が残る。あるいは、残っていてほしい。それを霊と呼ぶか魂と呼ぶかはともかく。

成満寺住職によれば、ユッコはとっくに成仏したという。だが、幸福の科学信者なら額面通りには受け取れないだろう。自殺者のほとんどは、本来の寿命時期まで天国どころか地獄にさえも行けず、地上をさまようという教義になっているからだ。

ましてや、後追い自殺を引き起こした結果責任もあるので、成仏はそう簡単ではないというのが自然な見解だろう。

成満寺住職の霊視能力やいかにというのは実証的に書けないし、こういう議論から宗教戦争になってもいけないので、深入りはしない。たぶん、きちんと霊視できてのことではないだろう。ユッコの死をウジウジと引きずる、ましてや後追い自殺するなんてことを戒めるための方便と私は理解している。墓参りの後、近くの木曽川に入水自殺した人もいるという。墓ができたのは1987/7だから、ユッコ・シンドロームは一応終息していたはずなのに。「なんでアイドルのために死ななきゃならんの」と遺族に泣きつかれた住職にはたまったものじゃないだろう。

ユッコのことを気にかけた信者は私の前にも相当いるだろう。南原宏治さんはユッコと共演しているし、公に信仰告白している。信者じゃなくて単にビジネス上の付き合いかもしれないが、片岡鶴太郎。「寝起きドッキリ」でユッコのお姉さんと八重洲のホテルに突撃したことがあるが、「The Liberty」の取材に応じたこともある。

南雲吉則先生。「Are You Happy?」の取材に応じたことがある。ナグモクリニックの総院長だが、名古屋院の院長が山口悟先生(ドットーレ山口)。なので、山口先生も、清水富美加さんの事件前から幸福の科学の名前は知っていたのではないか。

「The・伝道」223号では、1990/4に24才で自殺した男性の話が出てくる。ユッコや私と同年代なので感慨深いのだが、2000/8の時点で成仏していたという。幸福の科学での供養のおかげという。

この内容は私はもちろん全面的に信じる。本来の寿命時期まで地上をさまようはずのところを、10年ほどで成仏できた。幸福の科学の供養にはそれだけの力・功徳がある、と。

それだけの力がある供養大祭で2回供養したこともあり、もう成仏したのではないかと思って「小説・あれから30年」という投稿もしたが、私が動いたことで成仏したというのはおこがましいとも思う。墓参りする多くのファンのことは書いたけれども、先輩信者もそれなりに動いているはずだからだ。

だけれども、去年5/15(日)に四谷4丁目交差点に供養に行って、ユッコはあそこにいたのかどうか後で守護霊に聞いてみた。呆れていたのかもしれないが、「これだけは教えてください」と頼んだら、返答があった。耳のほうからではなく、ちゃんと胸のほうから、「いた」。

であれば、その後の私の行動もそれなりに意味があったと言えるだろう。ましてや、清水富美加さんの事件があって、ユッコとの類似性や芸能界の闇が明らかになったのだから。

10/17(火)、6回目の墓参りをしてきた。ルートは今年3月の4回目と同様。ミッドランドスクエア前に到着して直ちに近鉄に乗り、佐古木駅で降りてガストで朝食。県道109号線を北西に進んで成満寺に到着。

ずっと強い雨。いや、午後にはやむどころか晴れる予報だったが、私が墓地にいる間はやむ気配がなかった。

長椅子は濡れているし、墓正面のところは水たまりになっていたので、そばで立ったままかしゃがんだりして正心法語を唱えて供養した。

7月の5回目に寄れなかった名古屋正心館に余裕をもって着き、じっくり祈った。悪霊の邪魔が入りにくい精妙な波動の場所でもあり、思い切って尋ねてみた。「ユッコはもう成仏したでしょうか?」

「ええ」か「はい」か具体的な表現は忘れたが、肯定的な返事が胸のほうから聞こえてきた。守護霊かユッコ本人か指導霊かはわからない。だが、選挙のことなどほっぽり出している不届きな信者に答えてもらえてありがたく、かたじけなく思った。

何度も書いているとおり、ユッコは本来は天使だろう。幸福の科学に帰依して、更に指導霊団に加わってもらえたら、もっとありがたい。

それと、来年5月公開の映画「さらば青春、されど青春。」では、1986/4の名古屋が描かれるはずだ。であれば、そのときの大ニュースである「名古屋出身のアイドル歌手の自殺」もストーリーに組み込まれないかと期待している。もちろん、「岡村由佳」みたいに名前は変えるだろうが。

かつ、岡村由佳の意外な転生が明かされたりして。・・・ちょっと羽目を外したかな。
 

ファンミーティング感想

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 7月30日(日)18時53分44秒
編集済
  >公開情報である予定プログラム以上のことを書かなきゃ意味がない

こう書いたものの、実際に参加してみたらいろいろ自分なりに感じることがあったので、ここで披露してみたい。

山口悟氏がドットーレ山口の名前で東海ラジオでパーソナリティを務めていることは、ユッコファンなら知っているだろう。だが、私は番組は聴いたことがない。YouTubeで楽曲部分をカットしたトーク部分のみの投稿を少し聞いただけ。なので、彼を初めて見たわけだが、同年代にしては若々しい。

「ドットーレ」はイタリア語dottoreのはず。意味は英doctorと同じだし、同語源。なぜイタリア語を使っているかというと、日本で芸名としてはまだあまり使われておらず、新鮮さがあり、固有名詞っぽく使える。かつ、れっきとした「医師・博士」という意味の単語だから、ふざけた名前でもない。NHK「ムジカ・ピッコリーノ」に「ドットーレ・マルコ」が出てくるが、それに倣ったのかもしれない。

桑田靖子とのトークコーナーもあったが、トークはなかなかうまい。私は笑点などのお笑い番組を見ても全く笑えないのだが、総裁の法話でたまに飛び出すジョークなら笑える。ウィットに富んでいるからだが、今回のトークはしっかり笑わせてくれた。山口氏も桑田さんもやるじゃないか、と思った。

「白い巨塔」の財前五郎なら、目を剥いてひっくり返るだろう。いや、「開業医の分際で」と見下してくるかもしれない。しかし、私は山口氏に軍配を上げたい。山崎豊子が批判したかったのも、象牙の塔でふんぞり返っている学者たちなのだろうし。

桑田さんが話した内容で印象に残ったものがいくつかある:
・堀越学園の学費はサンミュージックが負担
 堀越学園の生徒同士でよく話題になるのは、ギャラ。学費負担がどうなっているかも自然と話題に出るが、自己負担の人(事務所)もあったという。

なるほど、サンミュージックでは下宿するタレントたちは文字通り相澤社長の家族扱い。清水富美加さんやNHK朝ドラで主役を務めたのんさんが月給5万円・ヒッチハイクで帰る・替え下着を買う余裕もないとは大違い。レプロはともかく、サンミュージックはブラック企業ではない。

桑田さんはゲストの誘いを何度か受けていたが、ずっと断っていたという。その気持ちはよくわかる:
・ユッコと比べてあまり売れなかった。
・キャッチフレーズが「クラスで5番目にかわいい女の子」。出典主義のウィキペディアにそう書いてある。つまり、とびきりの美人ではないということ。あまり売れなかった理由の1つだろう。(主要因?)
・2人が並んだ水着写真がプロジェクターに映し出されたが、胸があまりない。
・なのに、ユッコのそばにいたということで、声がかかっているだけ。

この胸云々は桑田さん自身が持ち出した話題である。私自身、会社で出世の限界を痛感しているし。いや、あの場に集った140名ほどのほとんどが同年代。何らかの意味で人生の厳しさを実感しているはず。

しかし、辛い思いをした人は他人に優しくなる。なぜ辛いのか・苦しいのかよくわかるから、人のことを簡単に裁けなくなる。そういう成熟した思いの人たちが集まっている。

桑田さんは登場するやいなや、「おじさん・おばさんになってしまいましたが」と、自虐ネタをかまして笑いを取っていた。上記の胸云々も自虐ネタ。自虐で暗くではなく明るく笑いのネタにできるのは、悩みを昇華できたということである。アコヤ貝が砂粒を云々の喩えは総裁も何度かされているが、桑田さんは悩みを見事に真珠に変えたということだ。

1984/9/24(月)・大阪でのファーストコンサートの音源を聴いたりした。その場にいたというファンもちゃんといた。1984/7/29(日)・よみうりランドでのファンクラブ結成イベントの写真も出てきたが、やはりその場にいた人がいた。筋金入りのファンばかりだ。

山口氏が締めにスピーチをした。すぐネタ切れするんじゃない、といろんな人に言われるそうだ。実際、放送が終わると頭が真っ白になるという。その感覚は私にもよくわかる。こうしてブログを書いているし、とある場で定期的にスピーチする機会もあるので。ツイッターみたいに薄い内容で書き散らしていいのなら毎日でも更新できるが、読んでくださった人がそれなりにためになるように。この一線は崩したくないからだ。

山口氏はそれでも終了後何日かすると、いろいろアイデアが浮かんでくるという。それも私と同様だ。でも、毎週更新するのはちょっときつい。ましてや総裁が1年に180回の説法をした。2日に1度やるなんてのは無理である。

元々は山口氏が地元の名古屋で趣味的に始めたものだろうが、今回のファンミーティングでは、東海ラジオ・マガジンハウス・ポニーキャニオン・サンミュージックが「協力」として名を連ねている。そのおかげか、小室哲哉・竹内まりやなどの大物がメッセージを寄せてもいた。それを山口氏が朗読した。尾崎亜美は音声メッセージ。

それに、「入場無料」と謳ってはいても、たぶんCDなどのグッズ販売があるんだろうな。礼儀として何か買うべきなのかな、と思っていたが販売は一切なし。逆に、記念品をもらったので、何とも恐縮である。クリアファイル。ユッコの写真と、ユッコ自身が描いたと思われるイラスト(のレプリカ)が印刷されている。

11:30開始から約2時間。何ともありがたい楽しいイベントであった。
 

5回目を振り返って、箇条書き

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 7月26日(水)00時53分22秒
編集済
  ・7/25(火)5:45頃、金山駅前に到着。件の家の前、次いで観聴寺の前を通り、沢上公園と高蔵公園へ。楽天チェックでは公園でもポイントがもらえるようになった。公園に寄ったのは、ユッコを偲んでとはいえない。

・沢上中学校・高蔵小学校のそばを通った後、県道29号線を西に進む。名古屋臨海高速鉄道のガードをくぐった先のガスト・荒子店で朝食。

・更に、JR八田駅まで歩く。八田10:19-永和10:28。

・セブンイレブン愛西北一色町店に寄るため、善太川を渡って県道125号線に入ることはせず、無名の道路を直進。といっても、車の往来は激しかった。

・実はセブン銀行口座は解約した。じぶん銀行の「スマホATM」機能を活用。キャッシュレス・カードレスを徹底。今回の1人旅で現金を持ち歩いたのは、セブンイレブンから成満寺までのみ。

・成満寺に11:30頃到着。ディート30%配合の虫よけを初めて塗って、墓参り。たくさんの蚊が寄ってきたが、刺されず。米軍が熱帯でのジャングル戦の必要性から開発したというディートの威力を実感。

・しかし、視界に3・4匹も蚊が飛んでいるのが見えて落ち着かなかった。暑くて、朝からずっとダラダラ汗をかいていることもあり、深いアルファ波の状態では祈れず。よって、後光もそんなには出ず。

・「心頭滅却すれば火もまた涼し」にはほど遠い。ましてや、刺されていないのに。

・墓の横の物置きにファンノートを見つけたので、初めて書くことにした。

・書いていたら、「こんにちは」と声をかけられる。60代ぐらいの男女。夫婦だろう。花の手入れをしたいということなので、もしや佐藤家のご遺族かと思ったが、年齢からして、ご遺族ではないとすぐにわかる。

・夏は花のしおれが速い。かといって、遺族がそんなにしょっちゅう来るわけにいかない。なので、花の手入れもファンがやっているということらしい。

・ユッコについて男性のほうといろいろ語り合った。もう10年以上墓参りを続けているとのこと。話が噛み合うことからして、ファンなのは間違いない。2・3・4回目の墓参りではずっと私1人だったので、嬉しかった。女性のほうは雑談には入ってこず。

・お2人が祈る際、私も横に座って手を合わせた。知らないお経だったので、私は無言。「・・・阿弥陀・・・」と聞こえた。この成満寺も浄土真宗。その関連か。

・お2人が早々と去っていった後、私も成満寺を出た。12:40頃。

・永和駅では20分ほど待ち、14:13発。名古屋着が14:30とネットで調べた。

・ささしまライブからのバス出発が16時。昼食を取る時間を考えると、名古屋正心館に寄る時間がほとんどないことに気づいた。名古屋正心館からささしまライブまでは歩いて30分かかるし。

・名古屋正心館行きを諦めた。不覚。餃子の王将・笹島店で遅い昼食。

・王将を出たら、土砂降り。バスも激しい雨に叩きつけられたが、30分ほどでやむ。

・今回のバスの行き先は、バスタ新宿ではなく鍛冶橋駐車場。なので、首都高速3号線を目黒区大橋のところで北に曲がってしまうのではなく、渋谷方面へ直進。

・なので、先日来たばかりの件のマンションのそばを通ることになる。渋谷駅のあたりでこのことに気づいたので、グーグルマップをチェックし、最接近した瞬間を意識。もう暗かったし、防音壁もあるので、見えはしないはず。

・ユッコが「ザ・ベストテン」でオープンカーで「哀しい予感」を歌った都心環状線に入るだろうかとも思ったが、六本木ジャンクションはそのまま直進。霞が関で首都高速を降りた。
 

悲しみにさよなら

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 7月23日(日)20時25分47秒
  >救急車で北青山病院に運ばれたユッコを

そのマンションに行ってきた。マンション名はバレバレとはいえ、このサイトでは伏せる。生誕館に行ったことがないのに、ここまで「聖地」巡りをしているのも我ながら呆れてしまう。

普通に住人がいるし、カンカン照りで暑かったし、蚊に狙われるのも嫌なので、正心法語を唱えてもいない。1分ほどで立ち去った。

去年5月からユッコについて投稿を始め、墓参りも4度行ってきた。我ながら変なことをしているなあという思いは拭えずにいたが、今年2月の清水富美加(千眼美子)さんの事件を踏まえると、実は導かれていたのでは、とも感じている。ネットを見ていると、清水さんとユッコの類似性を感じている人が少なからずいるからだ。

去年5月に突然ユッコのことを思い出し、「哀しい予感」を何度も聴いた。これがきっかけである。ユッコのことを思い出したのは、インスピレーションだったようにも思える。今年4/8の四谷4丁目での追悼にしても、2016年よりたくさんの人が集まったのは、「YOUは何しに日本へ?」でエリックさんを見たからだろうと別のブログで書かれているが、私はそうではない。

7/25(火)に、5回目の墓参りをする。愛西市は曇のち雨の予報。カンカン照りでないのが幸いだ。蚊が出るはずなので、去年から認可・販売されたディート30%配合の虫除けを持っていく。

早朝5:40頃に金山に降り立ち、16:00にささしまライブ前を発つ。やることは過去4回とほとんど同じなので、旅行記っぽいことは書かないかもしれない。

それと、「岡田有希子生誕50年ファンミーティング」が名古屋と東京で開催されるが、7/30(日)の東京のほうに当選したので、行ってくる。そのルポを書くかどうかも迷っている。公開情報である予定プログラム以上のことを書かなきゃ意味がないと思うからだ。8/2(水)の東京ドームのご法話と同じである。

前座のステージに清水(千眼)さんが出演するし、歌う歌は来年公開の映画の主題歌。主演の1人でもある。原作が何か支部で教えてもらったとき、なぜ女性が主演なのか不思議に思ったが、名古屋での実話を踏まえてとのこと。

これから、名古屋が熱くなる。ユッコがもう成仏していますように。そして、東京ドームに霊としてお越しくださるように。そして、名古屋での物語を応援してくださいますように。

願いを込めて。悲しみにさよなら。
 

部下を庇って全責任を負う

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 7月23日(日)19時09分24秒
  またユッコネタである。

1986/4/8(火)午前の自殺未遂、そして昼過ぎの自殺の経緯の解明に大きく貢献したのは、上之郷利昭の「岡田有希子はなぜ死んだか」(1986/10)だろう。芸能記者ではなく、経済系のルポライターである。なのに、ユッコに取り組んでくれたおかげで、緻密で質の高いルポが読めた。私もユッコについての一連の投稿で、だいぶ活用させてもらった。

特記すべきは、4/8早朝にユッコが成城学園前駅から東京駅近くまで乗ったタクシーだろう。

・そのタクシーが個人タクシーであること
・運転手の実名

まで把握している。

これが「事実」としてカッチリ固まったおかげで、

・ユッコが4/8早朝に世田谷区成城にいたこと
・泣きはらしていて、何らかのショックを受けていたこと

も「事実」として固まった。

更には、
・4/7(月)に渋谷に映画を見に行き、スポーツ新聞からの取材で写真撮影に応じているが、そのときの服装と自殺したときの服装が同じ。黒っぽい上着とスカート。女性が一晩過ぎて全く同じ服装というのは普通はないことであり、何らかの急な・特殊な事情があった。

こともわかる。

このように、ユッコファンにとっては価値あるルポであるが、微妙に食い違う点もある。溝口マネージャーは四谷4丁目交差点の南側でタクシーの中から、大木戸ビルの上から黒っぽい何かが落ちてくるのを目撃した。それはルポでは12:06となっている。梨元勝のテレビルポでは12:20頃となっている。一方、毎年追悼が行われる時刻は12:15である。私は12:15が正当だろうと判断している。

ところで、溝口マネージャーは「黒っぽい何か」を見て、咄嗟に「有希子だ!」と思ったという。もちろん、ユッコと確認してのことではない。4/8の記者会見でも述べているし、自身の手記でも書いている。

これは幸福の科学信者ならインスピレーションと理解するだろう。私も長らくそう思っていた。だが、ちょっと違うのではないかと思わせるサイトを見つけた。

救急車で北青山病院に運ばれたユッコを福田専務と付き人の山崎結実が迎えに行った。病院滞在時間は僅か5分。タクシーでサンミュージックに戻り、6階社長室で3人だけになった。ユッコがトイレに行きたがったときは、山崎を付いていかせ、「ちゃんと見ていろよ」と厳命した。つまり、再度自殺を図る可能性を意識していたわけだ。

で、社長室に戻ったが、そこに電話がかかってきて、福田専務が別室へ席を外した。ユッコと山崎の2人だけになり、ユッコは社長室を抜け出し、屋上へ急いで駆け上って飛び降りた。山崎はショックのあまり震えて泣いていた。

・・・これは共通しているのだが、「ちょっとティッシュを・・・」と言ったのはユッコと山崎のどちらなのか。上之郷のルポでも曖昧になっている。明確な証言が得られなかったらしい。

だが、私はすぐにピンときた。それを明確にすると、山崎に非難の矛先が向かいかねない。それで、相澤社長と福田専務が事前に話し合ってぼかすことにしたのだろう、と。

・電話がかかってきたこと
・福田専務が別室に移動したこと

はごまかしようがないから、である。それに、別室に移動した福田専務の判断ミスとも言えるわけだし。

もう1つ。あそこに電話などかかってこなければ、という観点もある。電話してきたのは誰か?上之郷のルポでは相澤社長ということになっている。私はこれで微塵も疑っていなかったのだが、電話の主は溝口マネージャーだとするサイトを見つけてハッとした。そのサイトによれば、溝口マネージャーはタクシーの中から自動車電話を使ってかけたという。

もしそうだとすれば、山崎のパニック状態の声が聞こえて、福田専務に電話を切られ、その直後にビルから何かが落ちてきた。霊的なインスピレーションを想定せずとも、「有希子だ!」と気づくのが自然というものではないか。

とすると、溝口は非常な罪悪感に襲われたはずだ。かつ、それを明らかにすれば、溝口が袋叩きにされかねない。

なので、相澤社長が「電話をかけたのは自分」ということにして、全責任を負った。・・・そういう可能性に気づいた。

梨元勝のルポでは12:35頃に遺体を映した後、6階に上がっていくのだが、そこには既に相澤社長がいた。「歯医者に行っていて」不在だったはずだが、一体いつ戻っていたのか。考えてみれば、不自然である。
 

お母様が受けた、念の辻斬り

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 6月 6日(火)23時42分0秒
編集済
  >・娘を失ったこと
>・後追い自殺を引き起こしたことの道義的責任

>これによる自責の念で自殺するなり、癌になることは十分あり得る。

お母様のその後を3/27に論じてみた。内容はそれなりに説得力があると思う。だが、「後追い自殺を引き起こしたことの道義的責任」では説明が理性的すぎて、いまひとつ本質に迫れていないことに気づいた。

ユッコが1983/8に上京して1984/4にレコードデビューするまでは発声やダンスの練習をしていたわけだが、その間、名古屋・金山の自宅にいろいろ嫌がらせの電話があった。ユッコ自身がエッセイで書いている。お母様はそれで寝込んでしまった。ユッコが自殺した日には胃潰瘍で病院に入院していたそうだが、おそらくは当初から胃潰瘍だったのではないか。胃潰瘍は心因性だし、当時高3のユッコのお姉さんが家事を全て引き受けることになったというから、それなりに重い症状だったはずだ。

今の私だったら、受け流せる。強がりではない。嫉妬なのは明らかだし、掲示板でいろいろ論戦をやって、念と念との戦いもだいぶやったので。

しかし、念の辻斬りで大きく傷つく人も多い。女性に多いだろう。

1985/8/12(月)のJAL123便墜落事故では、高濱機長の遺族に嫌がらせの電話がたくさんかかってきたという。電話番号を変えても、どうやってか調べてかけてくる。(当時は携帯電話はない)

後で判明したことだが、直接の原因は、ボーイング社の圧力隔壁修理ミスである。日本航空にも管理責任はあるが、どちらかといえば被害者であるし、ましてや高濱機長に責任を問うのは筋違いだろう。それに、高濱機長の責任だったとしても、高濱機長の遺族が責められる筋合いはないはずだ。ただの魔女狩りである。

むしろ、油圧制御が全く効かなくなった中でよく30分も持ちこたえたものだ。ボイスレコーダーが公開されて、最後まで機長の職責を全うしようとしていたことが明らかになり、犠牲者の遺族から機長遺族に感謝とお詫びのメッセージが届いたという。

しかし、事故直後にはそんな理性が吹き飛んだ遺族が多かった。家族を失った悲しさ・衝撃・やるせなさをとにかく誰かにぶつけたい。まさに魔女狩り。「沈まぬ太陽」で、社長が遺族へお詫び行脚する場面を読んでも、遺族の罵声は論理的には無茶苦茶である。

ただ、事故を起こした側の人間なので、反論するわけにいかない。仮にその場に第三者がいたとして、遺族の言い分の理不尽さを指摘したとしても、ますます怒り狂うだけだろう。「お前は家族を亡くしてないからそんなことが言えるんだ」みたいに。

で、ユッコ後追い自殺者の遺族が佐藤家に怒りをぶつけてきたということは、十分あり得る:
・電話を執拗にかける
・道を歩いているところをそれこそ辻斬りみたいに罵声を浴びせる
・ファンを装って自宅を訪ね、狼藉をはたらく
など。

父は理性でもって受け流せただろうが、母やお姉さんには相当こたえたのではないか。

しかし、佐藤家の立場は高濱機長遺族と同じである。佐藤家に怒りをぶつけるのは、全く筋違いである。筋違いではあるが、加害者的な面がないわけではないので、反論するわけにいかない。耐えるしかない。佐藤家自身、悲しくてやり切れないのに。

もちろん、総裁が説いているとおり、毒をそのまま食らってしまう心の弱さにも問題はあるが。たとえば、釈迦だったらどんな悪口を言われても、傷つかないどころか、1点の怒りも執着も起こさないだろう。

だが、お母様は弱かった。娘の芸能界入りの嫉妬電話で胃潰瘍になってしまったぐらいだ。心労のあまり、自殺か癌で亡くなったようだ。

しかし、立派だったところもある。サンミュージックや峰岸徹さんに怒りをぶつけたりしなかったことだ。手記でも、ユッコを慕うファンのことしか書いていない。なので、魔女狩りがあったことなど、想像したこともない読者がほとんどなのではないか。
 

ゆうちょとファミマ提携によるATMの最終目標

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 5月 6日(土)23時10分5秒
編集済
  >ゆうちょ銀行なら全国どこにでもあって便利といえば便利である。ただ、地方局だと早朝は閉まっている。

このためセブン銀行に口座を開設したわけだが、ゆうちょ口座保有者が格段に便利になる方向性が見えたので、まとめてみたい。

1.サークルK・サンクス統合発表前
 従来のファミマATMは、E-netがメインだった。だが、2010/3にエーエム・ピーエム・ジャパンを吸収合併し、am/pm店舗をファミマに改装していった。その「@BANK」のうち、三井住友銀行管理の約500台が2014/11/4から2015/3/31の間にゆうちょATMに置き換わった。(西日本シティ銀行管理分は「@BANK」の呼称をやめ、基本的に西日本シティ銀行が引き続き管理)

2.統合発表後
 2016/4/5に、ファミマと日本郵政グループが提携を発表。ファミマATMはゆうちょに一本化していく方向性を明言した。ただ、これまでATMを設置していたイーネット・西日本シティ銀行やゼロバンク・BankTimeとどう折り合いを付けるのか。

ゼロバンク・BankTimeの管理会社・ゼロネットワークスは、サークルKサンクスが出資比率100%で設立した会社で、その後はファミマが100%の親会社を引き継いでいる。だから、あまり揉めずに済むだろう。ゼロバンクなら大垣共立銀行、BankTimeならりそな銀行と話をつけ、契約期限満了をもって今の契約を打ち切ればよい。実際、2017/4/5にゼロバンクをゆうちょATMに置き換えていくプレスリリースがあった。BankTimeも同じことになるだろう。おそらく西日本シティ銀行も。

だが、イーネットは50銀行・コンビニ7社など66社が出資する寄り合い所帯。しかもファミマは設置ATM台数が最大(総数13000台中、11000台)。イーネットが存続の危機に晒されるわけで、相当揉めるはずだ。実際、2016/10/25には「ファミマとゆうちょ、コンビニATMの提携協議が暗礁」というロイター通信の記事が出た。その3日後10/28には「2018/1からファミマ設置ATMでゆうちょキャッシュカードを利用した際の利用手数料を無料にする」旨の記事が日経に出た。ゆうちょATMなら24時間無料なのだから、その時点でもイーネットATMは残っているということだ。ファミマ名での発表ではなく、情報源を曖昧にした経済記事なのがファミマの苦しい立場を物語る。

3.では今後どうなるのか
ここからは小哲の予想である。

・ゆうちょ銀行に一本化する方向性は変わらず。
・サークルKサンクスからの転換店舗はほぼ問題なし。イーネット設置店舗もあるが、これも置き換えられるだろう。
・新規開設店舗は全く問題なし。
・従来からのファミマにあるイーネットATMが難物だが、粘り強くゆうちょ化を進めていくだろう。

4.その判断根拠
 ファミマはセブンイレブン追撃が至上課題。全店セブン銀行で統一できているセブンイレブンに対抗するには、サービスのバラバラ感は避けねばならない。「あのファミマのATMはどこのだろう」と客に気を揉ませ、調べさせたりするようでは、客は逃げていく。

ローソンは全店統一のATMサービスを提供できているが、管理銀行はバラバラだし、主導権が銀行にあってローソンが思うようにサービスを提供することができない。なので、ローソン銀行設立の準備会社を2016/11に設立した。

ファミマとしては独自の銀行を設立する手もあり得ただろう。だが、ゆうちょ銀行で統一する方向に舵を切った。どのファミマにゆうちょATMが設置されたか緻密にまとめているサイトがあるが、それによるとイーネットが設置されていた店舗も複数ある。

これはゆうちょ銀行側にもメリットが大きい。ゆうちょ銀行ATMは全国どこにでも、どんな田舎町にもあるのが強みである。ただ、夜や土曜午後・日曜祝日だと非稼動のATMも多い。それが全国津々浦々に24時間稼動ATMを展開できるのだから。それに、郵便局はちょっと奥まったやや不便な場所にあることが多いが、コンビニならメインストリート沿いの一等地にある。

ゆうちょ口座利用者の利便性も格段に向上する。何より、ゆうちょATMでゆうちょキャッシュカードを利用する分には、24時間365日手数料無料である。新生銀行と違って、裏で銀行間手数料が動くことはないから、サービス改悪の恐れはまずないし。

5.セブン銀行側の対抗策
 セブン銀行口座は預入れなら24時間手数料無料だが、引出しだと19時から朝7時は手数料がかかる。これが24時間無料になるかもしれない。

 現時点ではそれは絶対にない。なぜなら:
・セブン銀行を設立したのは、既存銀行に主導権を握られないようにするため。
・ビジネスモデルは他行カード利用による他行からの銀行間手数料が基本。
・だから、銀行間手数料の得られない自前口座にはあまり力を入れたくない。
・本当は自前口座など用意したくもなかったが、銀行である以上、それは許されない。

6.上記の予想通りになったとして
現金の出し入れは、セブン銀行とゆうちょ銀行を併用するつもりだ。那須精舎に行くなら、セブンイレブン那須塩原駅西口店が便利だ。ユッコの墓参りなら、セブンイレブン弥富佐古木店・愛西北一色町店に加えて、現サークルK佐屋駅東店や永和駅南の愛西大野町店が利用候補になる。(昼間なら永和郵便局も。平日は9:00-17:30、土日祝も9-17時まで稼動)
 

命日に四谷4丁目で追悼

 投稿者:小哲  投稿日:2017年 4月 8日(土)21時27分40秒
編集済
  釈尊の生誕日であり、ユッコの命日である4/8。四谷4丁目交差点での追悼に行ってきた。成満寺の墓参りには花を持参したことがないが、私らしくもなく花を家の近くの花屋で買った。

私が着いたのは12時ちょっと前だったが、既にたくさんの人が集まっていた。ざっと見て、80-100人ほど(*)。それだけの人たちが一帯の歩道を埋め尽くしているので、関心のない通行人にはただの迷惑でしかないだろう。遠くから見てもそういう引け目を感じた。

大木戸ビルの前に着き、12:15の黙祷を立って待っている人たちの人垣を抜け、植え込みのところに献花して手を合わせた。そして、ガードレールのそばまで戻って、黙祷の12:15を待った。周りを見渡すと、私と同年代の男性が9割といったところか。若い人も男女ともにいた。その後にも花束を持ってやってくる人が少なからずいた。

去年もリーダーシップを取っていた方が「黙祷!」と号令をかけ、全員で1分黙祷。

これで終わりである。リーダー格の方は、もう10年以上続けているという。この後、供えられた全ての花束を持って、成満寺へ向かう。成満寺側はこの方の到着を待って、法要を行う。全く頭が下がる。

私は次の用事があったし、この四谷4丁目交差点には去年5月以来何度も来ているので、すぐに立ち去った。だが、名残惜しいのか、たくさんの人がすぐには解散せずに残っていた。

その後、とある支部精舎に参拝し、精妙な波動の中で改めて冥福を祈った。この11ヶ月のことについて、心のひと区切りがついた。行ってよかったと思っている。

*別のブログ主はきちんと数えていて、黙祷の瞬間には200人はいたという。エリックさんも来ていたそうだ。私は気づかなかったが。リチャードさんには気づいた。
 

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